君がいる世界 | ナノ



「えーとつまり、あの薬はいかがわしいお店でいかがわしいことに使うためのものだったと」
「そうみたいですぜ。ロリコン野郎相手に人気だったそうでさァ。大人を子供にすりゃまぁギリギリ法にひっかからねえ。薬の効果は一日から二日で切れるらしいから証拠も残らないときたもんだ」

体が縮む事件から二日後。ひらりひらりと舞い散る桜を眺めながら私は沖田君からあの事件の内容を聞かされた。周りはほとんど散ってしまったのにたった一本だけ満開の桜があって、今日は真選組がその下で少し遅いお花見をしている。

私は沖田君からバイトをしないかと言われてここへ来たのだがバイトどころかただ飲み食いしているだけだ。これむしろお金払うべきなんじゃないかと思うけれどまぁ彼が受け取るはずもない。お酌をしたのも一瞬でもう少し離れたベンチでこうして桜を眺めている。

「怖い薬があるんだねぇ」
「そういう世界なんで」

ちらりとこちらを見る目が強くて思わず逸らしてしまう。自分でもわかる。この世界にまだ私は染まれない。天人とも違う、まるで存在が曖昧な幽霊のようだ。

「まぁ凛さんは気にせずのんびり過ごしてくだせぇよ」
「気にするよ」
「何でそんなに気持ちを殺すんでさァ。あんたは旦那に会いたくて、そしたら偶然にもこちら側に渡ってこれて、とんとん拍子に一緒に暮らして、世界に溶け込めるのに」

何があんたをそんなに暗くさせる?
何があんたをそんなに抑えこむ?

「それ…は」

音もなく桜が足元に舞い降りた。

「だって…銀さんは私に帰ってほしいみたいだから。そもそもこっちに来てほしくなかっただろうし」
「そう言ったんですかィ?旦那が?」
「え?」
「さっさと帰れって。何でこっちに来たんだって言ったんですかィ?」
「い…言ってないけど」
「当たり前でさァ。言ってたら殺してます」
「おぉふ…隊長、目が…目が…」

あれ。沖田君なんか目が虚ろな気がするんですけど。

「そんなくだらねえことであんたここにいることを迷ってんのか」
「そそそそうですねぇ」
「…そんなくだらねぇ理由に俺は負けてんのか」
「沖田君?」
「言ったはずでィ。あんたが帰る理由を無くしてやるって。ここにいる理由を作ってやるって」
「いいい言いましたなぁ」
「もう帰る理由なんてねえでしょうよ。あんたはここにいたいんだ。それが今はたとえ旦那だとしても…」

至近距離で話し続けないでいただきたいです。顔面偏差値高すぎて辛い。
胸を必死に手で押してるんだけど一向に離れないよおまわりさーーーん!あ、この子警察だ。世も末だ。

「旦那がモタモタしてんなら俺ァ本気であんた落としてや…」
「おおおお沖田さーーーん!?」
「沖田君?」

ぼふりと私の肩に沖田君が沈んだ。離れたところから様子を見ていてくれたのか、山崎さんが焦った声で駆け寄ってくれた。

「あーもう、最初に一升瓶飲み干したから」
「え、この子そんなに飲んでたんですか!?」

私から沖田君を丁寧に引きはがし、近くのシートの上に寝かせて自分の上着をかけてあげる山崎さんが完全にお母さんに見えた。
やれやれと言った表情で私の隣に座る。いつの間に準備してくれたのかジュースを差し出しながら人のよさそうな笑顔を見せる。

「すみませんね、隊長突然スイッチ切れるんです」
「いえいえ。あ、ジュースありがとうございます」
「桜、綺麗ですね」
「はい」

そこから訪れる沈黙。でも何故か嫌な感じではなかった。穏やかでほっとする時間といえばいいのだろうか。目の前では真選組がどんちゃん騒ぎをしていて、その賑やかさにも安心する。

「慣れました?こっちに来てまだ間もないと思うんですけど…何かあったら言ってくださいね。まぁ旦那がいるんで大丈夫だとは思うんですけど基本的にみんなどこかぶっとんでるから」
「あはは…確かに、山崎さんが一番落ち着くかもしれません」
「そんなこと初めて言われたなぁ」

真選組のみんなが私のことを知っているわけではないけれど山崎さんは事情を知っているらしい。きっと本当にこっちの人間じゃないか土方さんあたりが調べさせたんだろうな。

「なんかさ、きっと俺だったら凛ちゃんみたいにいられないなと思って」
「え?」
「いくら本で知っていた世界でも、知り合いが一人二人いたとしてもやっぱり元の世界に帰りたいだろうし。怖いじゃない?なんか自分が本当に存在するのかとか、夢なのかなとかさ」

そうか。普通はそうなのか。そういえば銀さんのことで頭がいっぱいだったけど夢の世界だったりするのかな。もしくは精神が完全にいってしまったのか…

「でもね、俺としては深く考えなくていいと思うんだよ。夢でもないしこれはきちんと現実なんだろうけど、きっと君が思う通りに生きていいと思う。あまり難しく考えると眉間に皺ができちゃうよ」

眉間を優しくつつかれて、この人私を何歳だと思っているんだろうと思ったと同時に山崎さんクラスタの友達を思い出した。すまん、代わってやれなくてすまん。

「山崎さん…たらしですね」
「ええ!?」
「山崎殺す」
「沖田さんいつから起きてたんですか…ぎゃあああああ!」

マンガのように逃げ回る山崎さんに虚ろな目のまま追いかけるホラーな沖田君を止める人は一人もいなくて、でもみんな笑っていて。私も思わず笑ってしまう。

あまり深いこと考えなくていいのかな。
自分に素直になっていいのかな。

帰りたくない。

そう告げていいのかな?

「凛さん」

いつの間にか目の前に立っていた沖田君が私の顔の高さまで屈んで覗き込む。

「俺ァあんたが気に入ってたんで応援ってやつをガラにもなくしようと思ったんでさァ」
「ありがとう?」
「やめた」
「…え?」

頬の熱で彼の体温が高いことを知る。優しく置かれた手はやっぱり大きくてどこか違和感を覚えるんだけど強い眼差しに射貫かれて動かない。

口の真横に触れたそれは思いのほか柔らかくて、初めてでもないのに顔に熱が集まった。
むしろ真横ってところが恥ずかしい。なんだそれ、なんだそれ。

「…これでもう俺のことも考えてくれますよねィ?」
「君は本当に未成年なの!?」
「やっぱ落ちねえや。凛さんは厳しい…ま、でもいいか」

屈んでいた姿勢を正してニヤリと悪い顔で笑う。

「ざまあみろ」
「…?」

明らかに私に向けられた言葉ではないそれを不思議に思っていると急に後ろから手が伸びてきて私の頭と首元に抱き着いた。

「沖田くーん。今、何してたの?」
「銀さん!?」

え、銀さんいつからいたの?
沖田君、君いつから気づいてたの?わざとか!さっきのわざとか!!!

「何って野暮なこと聞かないでくだせェよ」
「お前、度が過ぎるんじゃねえの?お兄さんもそろそろ教育的指導させてもらうよ?お前の保護者潰れて使いもんになってねえみたいだしなぁ」

う…一瞬首がしまった。怒ってる。銀さん怒ってる。沖田君が私に度を越えたイタズラしたと思っていらっしゃる。私の後ろから見ていたとしたら確実にキスされたように見えただろう。実際はキスなんてしてないのに。

「旦那、俺ァのんびり待つなんて一言も言ってません」
「…」
「本気じゃねえとも言ってませんが?」
「それマジで言ってんの?」
「むしろ旦那はどうなんでィ?」

あれ…なんか二人の声が遠くなる。
これ、もしかして夢なのかな?そうだよね、だって銀さんが来るなんてタイミングよすぎるもん。もしかして私も途中で眠っちゃって…夢見てるんだ…きっと。


「…旦那、力入れすぎ」
「あれ!?え!?ええええ!?凛!?凛ちゃん!?し…死ん…」
「殺人の現行犯で逮捕。おーい山崎、屯所に連れてけぇ」
「ええええええええ!?!?」

どうやら私は銀さんが強く首を絞めていたことにより気を失ったらしく、その後万事屋に運ばれて無事意識を取り戻したものの、銀さんはその日万事屋には戻らなかった。無論、沖田君の楽しい楽しい取り調べのせいである。



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