君がいる世界 | ナノ



「凛、元気だったか?と言ってもまだそんなに日はたってねえか」
「銀さんも元気?」

落ち着いて交わした言葉はそれだった。新八君も神楽ちゃんも銀さんがきちんと説明すれば私に二人してぺこりと頭を下げて改めて自己紹介をしてくれた。新八君なんて銀さんがお世話になりましたなんて大人顔負けのしっかりした台詞言うから笑いそうになってしまう。ちなみに沖田君の彼女ではありませんと銀さんがしっかりと説明すれば神楽ちゃんと沖田君がまた喧嘩を始めていたけれどその光景がまた和む。

ああ、良かった。
会えた。話せた。彼の笑顔を見られた。
やっぱり銀さんはこの世界の人で、私とは違う世界なんだと再確認する。
だから、帰らなくちゃ。

三郎に引っ張られてここへ来てしまったことを伝えれば銀さんは眉をしかめて源外さんの家へ踏み込んだのだった。

「おいじーさん!!」
「なんだなんだ大勢でいきなり!」

源外さんは破損した機械を運んでいるようだった。私たちの姿を見てそれを部屋の隅へ移動させ銀さんの前に歩いてくる。

「じーさんのとこのポンコツがこいつをあっちの世界から引っ張り込んじまったんだよ。責任もって送り届けろ」
「おいおい待て銀の字。詳しく説明しろ。どういうことだ?」

銀さんの隣に立つ私を不思議そうに見ている源外さんに会釈をしてから自己紹介をした。私は源外さんの作った装置で銀さんや沖田君が飛ばされた先の世界から来たこと、銀さん達が帰った後しばらくしてから三郎に引っ張られてこちらへ来てしまったこと…話を聞いている源外さんの眉間にみるみる皺が寄っていくのがわかったがとりあえずは話し終えた。

「つーことで、三郎がこいつを何でかわからねえがこっちに連れてきちまったんだよ。すぐに帰してやってくれよ」
「無理だな」
「そうそう無理…無理?」
「無理だ。あの機械はもうない」
「え…?」
「「ええええええ!?!?」」

源外さんの言葉に銀さんと新八君が大声をあげた。何となく嫌な予感はしていたがもしかして今源外さんが持っている機械の破片は、次元移動装置なのでは?とても見覚えのある部品が見えます、はい。


「ないってどういうことだジジィ!」
「お前らがあんな危険なもんはさっさと処分しろって言ったんだろうがぁぁぁ!」
「んにしても何で今だよ!明日でもいいだろ!」
「明日できることは今やれって言うだろうが!」
「ちょっと二人とも喧嘩してる場合じゃないですよ!源外さん、その装置また作れないんですか?このままじゃ凛さん…」

新八君の言葉に源外さんは大きく息を吐いた。ぼりぼりと頭をかき完全に破壊された破片達をガラガラと音をたてて集めている。

「そもそも何故こっちに来た時にわしに言わなかった」
「それは…」

源外さんの質問は最もなことだ。おそらく銀さんだって沖田君だってそう思っていただろう。私は源外さんのことをマンガで理解していたんだし、声をかければよかったのにと。
でも私は…声をかけたらすぐに帰らなくちゃいけなくなるのが嫌だったんだ。つまりこれは自業自得なのだ。

「いきなりデカいロボットに引っ張られてこんな怪しげな工場に連れてこられたら逃げたくなるアル」
「え?」
「そうですよ源外さん。普通女の子は三郎さん見ただけでびっくりするし外に飛び出すのは自然だと思います」

神楽ちゃんと新八君の言葉に少し胸が痛んだがとりあえず言葉を発さずにいれば源外さんは机上の設計図のようなものを見てトントンと指で叩く。

「時間がかかる。一度作ったもんだから前よりは早くできるだろうが…材料が足りねえ。一日二日でできるもんじゃないぞ」
「どれぐらいかかりますか?」
「前に作った時は一年かかった」
「一年!?」
「おいじーさん、一年って…」

源外さんは背を向けたままあの装置のなれの果てを見ている。どんなに急いだって一年かかったものを三か月でも厳しいだろう。でもこうなったらもう待つしか…。

「こっちの一年はあっちでは八年」

今まで言葉を発しなかった沖田君が呟いた。その声にみんなが反応して振り向く。

「多少の歪みはあるでしょうがそれぐらい時間の流れに差があったはずでィ。それぐらいの長い時間、凛さんはあちらで行方不明状態だ」

そんな長いこといなくなってしまったら…。家族はいないけれど友達や会社の同僚たちは心配するだろう。下手したら警察に捜索願を出されるかもしれない。でもいくら探しても見つかるわけがない。そして…八年もたてばきっとみんな忘れてしまう。


「八年…」

私の口から零れた一言に新八君や神楽ちゃんが言葉を噤んだ。沖田君は私を真っ直ぐ見ていた。


「凛!」


私の手を取り、力強く名前を呼んでくれたのは銀さんだった。ぎゅっと温もりが伝わる大きな手が説明することのできない安心を心に与えてくれる。見上げれば死んだ魚の目なんかじゃない強い瞳があった。


「安心しろ。ちゃんと帰してやる。一年もかけねえ。一ヶ月。一ヶ月だ」
「旦那、一ヶ月でもあっちじゃ八ヶ月は経っちまいますよ」
「まだ言い訳が聞くだろ。自分探しの旅でちょいと次元超えてきましたとか言えんだろ」
「完全に精神病んじゃった人じゃないですか銀さん…」
「ああ!?お前だって次元の壁越えて恋愛してんだろ新八ィィィ!」
「今その話出さなくてもいいだろうがァァァ!あんたピン子と恋愛してただろ!」

ギャーギャーと騒ぐ銀さんと新八君を横目に源外さんはため息をついていた。

「おい、一ヶ月ってわしが作るんだろうが。あいつ適当なことを…」
「あ、すみません。私がこちらへ来てすぐに源外さんに言えば」
「いや、引っ張り込んじまったのは三郎だ。何が何でも一ヶ月で作り上げてやらぁ。そうと決まればあんたらさっさと出てけ。邪魔邪魔」

源外さんに背を押され私達はとりあえず外へ出ることにした。気が付けば日が傾きかけている。私はこれから一ヶ月、どう過ごせばいいんだろう。

「ま、とりあえず帰るか。ほら凛、帰るぞ」
「え?」
「え?じゃねえよ。万事屋に帰んだよ。今日はもう休んで明日お前の日用品買いに行くぞ」

銀さんの両隣にいる新八君や神楽ちゃんも微笑んで私を見ている。あの三人の中に私が入ってもいいのだろうか。彼らの中に…。

「凛さん」

くいっと手首を後ろに引かれ振り向けば沖田君が真剣な目でこちらを見ていた。そういえばさっきからにこりともしなくて、表情のない彼は少しだけ怖い。

「まだ帰りたいですか?」
「え…」
「旦那は帰したいみたいですがね」
「それは」
「決めやした」



――俺は、あんたを帰さない



耳元に落ちた言葉がするりと心の隙間に入り込んでいく。まるでそれは私が蓋をしていた願いをぎゅっと掴んで引きずり出してしまうような言葉だった。

「帰る理由を無くしてあげましょう」
「沖田君?」
「帰りたくない理由を作ってあげますから」

そしてやっと沖田君は口角を上げた。怖くはないけどどういうことかわからない、そんな顔。

「ちょーーーーっと沖田君、近づきすぎ」
「わわっ」

にゅっと自分の両側から伸びてきた腕がお腹の前で交差して後ろへ引き寄せられた。

「凛ちゃんは疲れてるんで今日は坂田家で預かります。君はさっさと犬小屋へ帰りなさい」
「ひでぇや。旦那の家よりよっぽどデカい犬小屋ですぜ」
「そればかりはぐうの音も出ないヨ銀ちゃん」
「俺は旦那んとこの極貧暮らしに疲れたらいつでも来てくれって言ってたんでさァ。凛さん一人ぐらい余裕で養えるんで。余裕で」
「二回言いやがったヨ銀ちゃん!言い返してやれヨ!」
「神楽ちゃん…言い返せるわけないじゃない。でも銀さんがお世話になったんだから僕たちのご飯削ってでも凛さんは食べさせてみせます!」

育ち盛りのご飯奪えるわけないでしょうがぁぁぁ!こりゃさっさと仕事とか探さなきゃだよ、今固く決意したから。大丈夫だから。

「…沖田君、俺がきちんとみてるから安心して帰ってくれよ。今日は」
「へいへい、帰りますよ。今日は」

ひらひらと手を振って沖田君は歩き出した。どうやら万事屋とは逆方向らしい。私の手を神楽ちゃんが掴むと元気よく引っ張られる。

「凛!あっちの話を聞かせてよ!銀ちゃんあまり話してくれないネ!」
「今日は銀さん珍しくパチンコ買ったらしいんで。食材買って帰りましょうか」
「おいおい俺の金…」
「じゃあ私ご飯作ろうかな」
「やったヨー!私肉が良いネ!」

喜ぶ神楽ちゃんを見てつい頬が緩めば銀さんがこちらを見ていることに気づいて照れてしまう。

「銀さん、あの、よろしくお願いします」
「おう。心配するな、ちゃんと帰してやるからな」
「…」

ぽんぽんと叩かれた頭にドクンと胸は高鳴るのに
どうしてこんなにも素直に喜べないんだろう。

どうしてなんて、理由は一つ。
帰さない、その言葉を言ってほしい人に帰してやると言われてしまうから。

ああ、本当に心の底から。

離れたくないのに。




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