君がいる世界 | ナノ



屯所へつくとまず一番に腕の手当てをされた。といってもたいした傷でもないし処置自体はすぐに終わって私は客間へ通されたのであった。
隊士さんがお茶を持ってきてくれてしばらく待ってほしいと言うのでひたすらに待機である。幸い襖は開けられていたので庭や空を眺めることはできた。船が空を飛んでいる光景に早くも慣れそうだ。

ドドドドと大きな足音が近づいてきて思わず背筋を伸ばした。誰かが来る、ごくりと唾を飲み込めば部屋の手前で足音が一度止みゆっくりと顔だけが襖から伸びてきた。…これは間違いなくゴリ…近藤さん。

「待って、今ゴリラって思ったよね?思ったよね?違うよ!人だよ!」
「わわわわかってます!近藤さん…ですよね?」
「あれ!?知ってるの!?総悟から聞いた?」

自分のことを知っていたのが嬉しかったのかニコニコしながら近藤さんは部屋へ入ってきた。そして今まで一人だけだと思って安心しきっていたがなんと後ろから土方さんまで入ってきた。同時に重要人物二人に出会って若干キャパオーバーである。

「あんたが総悟が世話になったっていう…」
「凛さんだろ?こことは違う世界?から遊びに来たのかい?」
「今回はお騒がせしてすみませんでした」

どかりと勢いよく向かい側に座った二人に頭を下げれば近藤さんが慌てて顔をあげてくれと言った。

「何を言ってるんだ!むしろ巻き込んでしまって本当にすまない。怪我までしたんだろう?もう少し俺達が早く見つけてあげられれば…」
「あの天人は今総悟がしっかりと拷も…事情聴取しているから安心しろ」
「拷問って言いましたよね、今」
「ひでーや土方さん。俺はきちんとお話を聞いてあげただけですぜ。ちょっと話しやすくしてやっただけでィ」

後ろからの声に思わずびくりと肩を震わせれば私の隣に沖田君が座った。いつの間にきたの君、お願いだから気配を消さないで。あー間に合ったなんてのんきに話しているけれど恐らく彼はそれはそれは恐ろしい顔で天人を尋問していたのだろう。

「とにかく無事で良かった。こちらには少し滞在するのかい?泊まる場所がなければぜひここにいてもらいたい!君には総悟のことでお礼もしたいし…」
「近藤さん、この人の話をちゃんと聞いてからにしろ。滞在場所ならホテルかどっか取った方がいいだろう。こんなむさ苦しいところじゃ申し訳ねえ」
「近藤さん、土方さん。その件ですが俺に預けてくだせェ。まだきちんと話も聞けてねえし…凛さん、江戸を散歩しやせんか?」
「え…?」
「時間、あるんですかィ?」
「それは…えっと…」

時間があるかと言われたら恐らくない。早く源外さんの所へ行って元の場所に帰らなくちゃいけない。でもその前に一瞬でいいから…。

「さ、行きましょう」
「沖田君」

ぐいっと手を引っ張られて立ち上がればスタスタ歩き出す沖田君についていく形になる。私はどうにか振りかえって二人を見れば近藤さんはニコニコしながら手を振っているし土方さんはため息をついていた。沖田君のことは私以上に理解している人たちだった。


賑やかな町を手を引かれて歩く。さっきと違ってゆったりと風景を楽しむことができた。沖田君がいるというだけでものすごい安心感がある。道に迷うこともさっきのように絡まれる心配もない。少しだけ銀魂の世界を楽しもうという気持ちが出てきた。
歩きながら私がこちらへ来た経緯を話せば沖田君は表情を変えずに聞いていた。

「凛さん。旦那のとこ、行きたいでしょう?」
「うん…あのね、離れたところから見るだけでもいいの。一目見たら源外さんの所に連れてってくれる?理由を話して帰してもらうよ」
「本当にそれでいいんですか?」
「だって…会ったら帰りたくなくなっちゃいそうだから」

そう呟けば沖田君は目をぱちぱちと瞬かせた後、少し視線を下げた。

「俺に会ってもそうは思ってくれないんですね」
「え!?あ、いや、違うよ?!沖田君は…どちらかというと連れて帰りたくなっちゃうなぁ〜なんて」
「じゃさっさと見て帰りやしょう」
「あれ、沖田君、冷たい…」

どっちがでさァと沖田君は微笑んで私の手を強く握った。ほんの一瞬ドキッとしてしまったのは仕方ないと思う。年の離れた可愛い弟にしか思えないけれどなんてったって顔は王子様だもんなぁ。そんなことを考えていればあ!と大きな声が後ろから聞こえた。

「サドが女の人と手繋いでるアル!」
「こら神楽ちゃん!デート中でしょどう見ても。邪魔しちゃだめ!」
「…あ」
「…チッ」

本物の神楽ちゃんと新八君の登場に思わずこちらが声をあげそうになった。すごい、本物だ。本物の彼らだ。思わず周りに視線をやるがどこを見ても銀さんはいなかった。ホッとしたのに心のどこかでがっかりしている。

「てめぇチャイナ。野暮って言葉が本当にお似合いだな」
「ああん?お前どうやってそんな落ち着いた年上美人捕まえたアル。脅しか脅迫かゆすりか」
「神楽ちゃん全部同じだし犯罪だよ。お巡りさんでしょ、沖田さん…」
「そうでもなきゃ彼女なんてできるわけがないネ!」
「いや、できるでしょ。イケメン公務員じゃないの」
「性格に難アリって赤で書いておくネ、テストにでるアル」

神楽ちゃんの勢いに思わず何も言えずに黙っていれば沖田君は繋いだ手を持ち上げて見せつけるように口角を上げた。大丈夫なの?むしろ私お邪魔じゃない?沖田君と神楽ちゃんは良い感じになるんじゃないの?お姉さんそう思ってたんだけど!

「おいチャイナ、よく見ておけよ。これが恋人繋ぎでさァ。俺ァ今から可愛い可愛い彼女とデートなんで邪魔すんじゃねェ。…そういや旦那は?」
「銀さんはパチンコですよ。今から捕獲しに行くんです」
「あいつ私達に給料も払わず遊んでるネ、捕まるべきヨむしろお前捕まえろヨ」
「土方さんにでも伝えておきやす。あ、旦那によろしく伝えてくだせェ。凛さんって素敵な彼女ができやした、家にも必ず届けますってね」

そう言って沖田君は歩き出す。私は結局二人に何も言うことができないまま会釈だけして彼についていった。銀さんは私のことを二人に話していたりするんだろうか?

考え事をしながら沖田君に手を引かれて歩き続けているといつの間にか少し人気のない路地裏を歩いていた。ここはどこと聞こうとした瞬間、見たことのある家が目に入る。これ、源外さんの家だ。

「沖田君?」
「凛さん。本当に見るだけで満足ですかィ?そのまま帰れるんですか?後悔しませんか?」


いつの間にか手は離れていて彼は私の数歩前に立ってこちらを見ていた。誰もいないことが沖田君の声と自分の心音だけをやけに響かせる。

「俺も詳しくは知りやせんが…この次元の移動?とやらは不安定であまり安全なもんじゃないらしい。だから俺や旦那もそっちには行かなかった、行けなかったんでィ。つまりあんたはここで帰ったらもう本当にサヨナラだ」

本当にサヨナラ。

その言葉に思わず涙腺が緩む。わかっていたし、自分で決めたことなのに。彼の言葉でこんなにも簡単に揺らぐ心が憎らしい。

「元の暮らしに慣れたんですかィ?あっさり戻っていた…とは思えない顔してんでさァ。ねえ凛さん」


本当に、見るだけで。
本当に、いいんですかィ?


真っ直ぐぶつかる視線に思わずぽろりと涙が落ちた。
ぽろり、ぽろり。

沖田君が眉を歪めて数歩の距離を埋めた。今までで一番乱暴に後頭部を掴まれて引き寄せられる。ぼろぼろ零れているであろうはずの涙は彼の肩に染み込んでいく。

「慣れる…わけない」
「…」
「たくさ…んっ泣いて…でも忘れられない…」
「…」
「辛くて…苦しくて…会いたかったよ」
「…」
「見てるだけなんて嫌だよ。…一緒に…いたい…でも…だめなんだもん」

幸せになれよという彼の言葉は私を確実にその意味から遠ざけた。
そしてその言葉は私を私の世界に縛り付ける。
その場所で、手に掴める幸せをと。
自分と彼らは違う世界のものなんだと嫌というほどわからせたのだ。

「帰らなくちゃだめなの…」
「それが答えですかィ?」

肩に目を押し付けるように頷けば沖田君はゆっくりと私を離して目元を拭った。

「それにしてもやっぱり、俺だけが会うのはフェアじゃねえんでさァ」
「え?」

ザッザッと走る音が聞こえる。自分の都合のいいように考えてしまうのが怖い。振り返ったらあの綺麗な銀色の髪が見えるんじゃないかって、あの眠そうな目がこちらを見ているんじゃないかって。

「凛!」

ほら、もう。
一番聞きたかった声が聞こえてしまった。見るだけでなんて、何で少しでも考えられたんだろう。もう無理だよ。やっぱり私…

声の方を振り返ればもう目の前に彼の体があって、あっという間に包まれた。鼻腔をくすぐる甘い香りは部屋からとっくに消えてしまったものだった。そんなに時間も立っていないのにもう懐かしいそれに一度止まりかけた涙がまた溢れる。


「銀さ…」



「「ああああああ!銀さん(ちゃん)!!人の彼女に!!!!」」


二つに重なる大音量の声とほぼ同時に後ろから沖田君に手を引かれてすっぽりと彼の腕の中に戻る。銀さんが後ろから神楽ちゃんに蹴り飛ばされるのがそれはそれはスローモーションのように見えた。…あ、銀さん、死んだ。

「ほんっと勘弁してくださいよ!あんた捕まりますよ!現行犯ですよ!何でよりにもよって警察官の彼女に手出してんですかァァァァ!」
「最低アル。絶対私に触らないでヨ。銀ちゃんなんて警察でお世話になればいいアル」
「お…お前ら…まじで…」
「銀さん!!大丈夫!?」
「凛さん…?でしたっけ?ごめんなさい!ああ、泣くほど嫌でした?!嫌ですよね!本当にすみませんっしたァァァ!」
「代わりに謝るアル!殴る蹴る好きにしていいアル!」
「…ほんと野暮な奴らでィ」

二人の反応と沖田君の言葉に思わずふきだしてしまう。そんな私を銀さんはきょとんと見ていたがすぐに笑ってくれた。感動の再会とはいかないけれど今はただ目の前の現実に幸せをかみしめたいと思うのであった。

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