君がいる世界 | ナノ



ぐにゃりと視界が歪むような何かに押しつぶされるような感覚に思わず自由な方の手で口元を押さえた。目を閉じて何も考えないようにしていればその感覚にあっという間に慣れて音のない世界をひたすらに引っ張られている。とにかく何もしちゃいけない、動いちゃいけない気がしてただただ無抵抗に引っ張られ続けると突然自分の耳に大きな音が聞こえて目を開けた。

「…」

言葉がでなかったのではない。出してはいけないと思ったから。
機械油の香りが漂うそこはたくさんの機械と工具が散らばっていて。そして何より私の腕を掴んでいたそれは目の前に立ち塞がっていた。
とてもとても大きなロボット。

「…あ…あの。三郎?さん?」
「…」

これは確か源外さんのカラクリじゃないか?少しだけは言葉を理解する…はずの。
表情がないから何を考えているかわからないけれどどうやら私は源外さんの家にいるらしい。ということはだ、きっと三郎に聞けば源外さんの場所まで連れていってもらえるし事情を説明すれば帰してもらえるのでは?

考え込んでいる私の腕を三郎はやっと離してくれた。そして私の言葉を待つように首を傾げる。もしかしたら三郎もこの状況をよくわかっていないのかもしれない。機械が誤作動を起こしてたまたま近くにいたとか。とりあえず源外さんのことを聞かなきゃ。

…聞いて、元の場所へ帰らなきゃ。

ぐっと拳に力を込めて三郎に話しかけようと思う。思うのに…。

今、私、銀さんの世界にいるんだ。この世界には彼がいるんだ。
その考えが頭から離れない。

でもだめだよ。会っちゃだめだ。だって銀さんは私に私の世界で幸せになれって言ったんだ。ここは私の居る場所じゃない。

帰らなきゃ。




「三郎…」
「?」
「玄関…出口、どこ?」
「…」


ごめんなさい。
誰に謝ったのかもよくわからない。ただ私は三郎が指さした方へ走り出した。

ごめんね。ごめん。だけど私…もう一度だけ会いたい。
銀さんに会いたい。話せなくていい、遠くから少し見るだけでもいいから。

会いに行きたい。


走るとすぐに外へ出た。青い空にたくさんの艦船が浮かぶその光景は私が知っている銀魂の世界だった。ああ、私。本当に。


「銀さん…」


そして私はまた走り出す。できるだけ人の多そうな方へ行けば珍しいものを見るかのように人々がこちらにちらちらと視線をやる。着物じゃないから目立つのだろう。それでも私は怯むことなく走り続ける。


「…あの、万事屋銀ちゃんってお店知ってますか?」
「銀さんのとこかい?それならここ真っ直ぐにいってパチンコ屋が見えたら右に行きな。しばらく歩くと左手にあるはずだぜ。二階だから見逃さないようにな」


だいぶ賑やかな通りについてから私は歩いている人に道を尋ねた。こうするのが一番早いだろうし。そうすれば案の定、銀さんの家までの道はあっさりと知ることができた。

とにかく早く会いたい。その一心で知らない町を走り続けた。

すると突然わき道から伸びてきた手に腕を掴まれ前に倒れそうになる。転ぶ前にどうにか踏ん張り振り向けばそこには豚の顔をした天人が立っていて思わず叫びそうになった。

「お前変わった格好をしているが俺らと同じ天人か?」
「どう見ても地球産だろ?急いでるみたいだがどこに行くんだお嬢さん」
「ちょっと俺らと一杯どうだい?」

急いでいる人間に声かけてんじゃねえとマンガを読んでいる私だったら間違いなく思うだろう。でも今は違う。目の前にいざ現れるとただただ怖かった。腕を払おうにも全く離してくれる気配がない。

「離してください。急いでますので」
「まあそう言わず。いいだろ?なぁ?」
「嫌です」
「おい、地球産のくせに口答えするのか。さっさとこい。」
「離して!」

何これ。なんかお決まりのパターンのようにも感じるけれど周りを見ても皆目を逸らすしこういう時に現れるヒーローなんて実際そういるわけがない。しかも私も変わった服装で彼らから見たら天人にしか見えないのかもしれない。信じられるのは自分だけ。

「離してーー!!」

思い切り腕を振りとりあえず近くにいた豚に蹴りをいれた。しかしすぐもう一匹(一人?)にも腕を掴まれる。くそ、女相手に二人でなんてクズ!クズ!
ずんずんと細い路地に引き込まれあっという間に人気のない所へと連れていかれる。

「ああ、もううるせえな」
「仕方ねえ」

シュッと音がしたと思えば豚が出したナイフが私の腕を掠めていた。少しの衝撃とすぐに集まる熱に初めて斬られたことがわかり恐怖が一気にこみ上げる。

嫌だ…私、こんなところで殺されるかもしれないの?
殺されなくてもどこか宇宙へ連れていかれるかもしれない。そうしたら銀さんに会うどころか帰ることすら…。

「や…やだ、やだ!誰か!」
「本当うるせえな。次は足斬るか」
「騒ぐとあちこち傷だらけになるぞ?」

どうしようどうしよう。誰か…。


誰か…。



ぎゅっと目を閉じて祈ればぺちっと何かがぶつかる音がしたと同時に豚がうおっと声をあげる。

ゆっくりと目を開けると足元に竹輪。え、竹輪?竹輪なんて落ちてたっけ?

「誰だてめえ!」
「何投げてきやがった!」

騒ぎ出す豚たちの視線の先を見れば少したれ目の優しそうな男の人が立っていた。頭を困ったように掻きながら苦笑いでこちらを見ている。

「すみませーん。今竹輪投げの練習をしていまして。今度江戸代表で全国大会に出るんですよ」
「お前ふざけんなよ!」
「ふざけてませんよ、真面目に本気です。竹輪投げの大会はけっこう大きなもので…」
「聞いてねえんだよ!」
「竹輪投げの大会とか地球産は何考えてるか理解ができねえ」

最後のセリフに関しては私も豚の天人に同意見だったけれど今はこの人に縋るしかない。

「あ…あの!助け…!」
「おっと嬢ちゃん。離れちゃだめだぜ」
「おい兄ちゃん。怪我したくなかったらさっさと失せろ」
「うーん。でもそういうわけにもいかないんです。だって今ここであんたら見逃したら俺の仕事がぱぁになりますし、何より…」


相変わらず少し頼りなさげに笑う彼が目だけは笑わずにこちらを見た。


「助けを求めていた女の子置いてきたなんて言ったらうちの局長と副長に殺される」


次の瞬間、私の腕を掴んでいた豚の天人が悲鳴をあげてしゃがみ込んでいた。足に苦無が突き刺さっている。そしてそのまま体がうまく動かないのか泡を吹いて倒れ込んだ。

「ひぃ!兄弟!」
「こらこらー逃げちゃだめでしょ。大丈夫、即効性の痺れ薬が塗られているだけで命に別状はないから」

いつの間にかすぐ近くまで来ていた彼はもう一人の天人に微笑むと素早く彼に手錠をかけた。一瞬抵抗を見せようとした天人だったがお兄さんが見せた警察手帳に逃亡は不可能と悟ったのかおとなしく倒れている天人の隣に座りこんだ。
見覚えのある警察手帳と竹輪にある人物が思い浮かんで彼の名を呼ぼうとした時だった。


「おーい山崎。捕まえたか?」


久しぶりに聞いたその声に思わず体が強ばった。ゆっくりと声の方を見れば綺麗な髪に大きな瞳、すらりと立つその姿は私が見慣れた服ではなく隊服ではあるけれど。


「沖田隊長!やっと捕まえましたよー。ただ被害者が少し怪我してまして…」
「怪我?てめー土方さんに怒られ…」

やっと彼は私を認識したらしい。言葉を紡ぐことをやめた唇は開いたまま、ただ私を見ていた。
何を言おうか迷っているのか、目の前の人物が信じられないのか。沖田君は全く動かない。
彼がおかしいと気づいた山崎さんが心配そうに声をかける。

「沖田さん??」
「…」
「沖田君」

私が名を呼んだことで彼は目の前の私の存在をやっと信じたのか。一歩二歩と歩き始め、最後には突進といっても過言ではない勢いで私に飛び付いてきた。

「ちょちょちょっと!!!!沖田隊長ー!?!?」
「凛さん…本当に?」
「久しぶり?なのかな?沖田君」
「何であんた…」

目の前で繰り広げられる突然の抱擁に山崎さんは驚きを隠せず叫び声に近い大声をあげていた。とはいえ私達が知り合いだということがわかったのだろう、少し後ろへ下がりどこかへ電話をかけている。土方さんへ天人を捕まえた報告をしているようだ。


「いっ…」
「すみません、怪我していたんでしたっけ?どこを…」


ゆっくりと離れた沖田君は私の腕を確認すると少しだけ眉をしかめて内ポケットから綺麗なハンカチを取り出した。たいした怪我ではないし汚れてしまうと断っても無理やりそれを腕に当てられる。


「屯所で手当てしやす。一緒に来てくだせぇ」
「でも…あの…」
「もしかして、旦那のとこへはまだ行ってない?」
「うん。実は私ほんの少し前にこっちに…」
「…」

沖田君は私の腕を掴むとぐいぐいと引っ張り裏路地から広い通りへ歩き出す。どうやらそこに車が用意されているらしい。…パトカーなんじゃないの?連行されているようにしか見られないんじゃないの!?

「詳しい話は後で聞きますからとりあえず屯所へ。おーい、山崎」
「へいへい。沖田さん、俺にもちゃんと説明してくださいよ…」
「あ、それと山崎」

沖田君はいつの間にか呼ばれた隊士達に運ばれている豚の天人を見ながら言葉を続ける。片方は相変わらず気絶しているしもう一人も俯きながら歩いていた。

「あいつらの取り調べ、俺にさせろ。…久しぶりにきっちり仕事してやらぁ」
「…お手柔らかに頼みますよ。せっかく殺さないで捕まえたんですから」
「当たり前でさァ。殺すなんてもったいねぇ。凛さん怖がらせた分、恐怖を味合わせてやるだけでィ」

何やら物騒な会話に思わず耳を手で塞ぐ。本当に私は全く違う世界に来たんだということを再確認させられた。


そして私はパトカーに乗り込み、真選組の屯所へ向かうことになったのである。


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