君がいる世界 | ナノ



沖田君が来てからもう二ヶ月近くたった。銀さんに至っては半年近くもこちらで過ごしている計算になる。多分お迎えが来るのはそう遠い未来ではない。そろそろなんだろうなと頭ではわかっていた。

「悲しくなるから…考えたくないけど。」

私は一人デパートの入り口で呟いた。でもそれは紛れもない現実だ。いつかあの二人はいなくなってしまう。

『いいじゃねぇですか、執着。』

沖田君はそう言ったけど求めてもどうにもならないものもたくさんあるんだから。
だったらせめて、思い出を残したい。そう思った私は二人をここに呼び出していた。
実は少し前から考えていたことがある。二人は慣れない土地に来て少し江戸が恋しくなってるんじゃないかって。あの世界もだいぶ技術は進んでいるけれど町並みも生活スタイルもまだまだ違うところがたくさんあるだろう。

「おーい、凛。」
「凛さん、お待たせしやした。」

すっかり洋服姿が板についた二人が声をかけて近づいてきた。正直とても目立っている。当たり前だ、銀さんと沖田君だもん。この世界だって女の子の目を引くに決まっていた。

「今日は休みなのに何でわざわざ待ち合わせ?」

だるそうな目で銀さんが私に聞いてくる。死んだ魚の目とはよく言ったものだ。的確すぎて他に表現のしようがない。

「知り合いがここのデパートで働いててね。ちょっと色々頼み事したかったから。」
「へぇ。何かサプライズってやつですかィ?」
「まぁね。」

話しながらデパートへ入り目的の階まで移動する。たどり着いた店を見て二人は目を丸くした。

「いらっしゃい。凛、もしかしてその二人?うわっイケメンじゃん!」
「はいはい、目をハートにしないで。じゃあよろしくね。」
「了解!張り切っちゃうよー。」
「え?ええ?あのー凛ちゃん?このお姉さんは?」
「私の友達。」

ここは呉服店。私は友達に頼んで二人に着物を着てもらおうと思ったのだ。もちろん私も。たまには着物の方が二人が落ち着くんじゃないかと考えた結果だった。着物でお団子でも食べに行けば少しは江戸にいた時みたいにリラックスできるんじゃないかって。

あれよあれよと着替えさせられた二人が出てきて私はその姿に一人懐かしさを感じていた。やっぱり洋服より着物姿の方がしっくりくる。二人はそもそも自分で着られたのだろうが特に何も言わずされるがままだったようだ。そのまま続けて私も着付けをしてもらったが私の着物姿は珍しいのか二人とも目をぱちぱちさせて見ていた。
そのまま店を後にしてデパートの外へ向かう。

「さ!今日はこれで甘味食べ歩きツアーしまーす。」
「まじかぁぁぁぁ!!!凛ちゃん!」
「いきなりどうしたんで?着物、慣れてないんでしょう?」

銀さんは単純に両手を挙げて喜んでいたけれどさすが沖田君。どうしてこんなことをしているのか気になってくれたらしい。

「着物…確かに慣れてないけど好きだよ。それに少しは江戸にいる気分になれるかなって…二人ともそろそろホームシックにならない?」

私の発言に二人は顔を見合わせると吹き出す。

「え?あれ?変な事言った?」
「いやいや凛ちゃん、大のおっさんがホームシックとか気持ち悪いことならないっしょ。」
「旦那なんて働かないで飯食えてんですから前よりいい暮らしでさァ。」
「何言ってんの沖田君!銀さんしっかり主夫してますぅぅぅ!家事は立派な労働だろうが全国の主婦敵に回してんじゃねえぞ!」
「あんた結婚もしてねぇし子供もいねぇだろ。それで主夫してるなんて言ったらそれこそ主婦達敵に回しますぜ。」
「はいはい無駄に心配してすみませんでしたー。ほらあそこの和菓子屋さんでお団子買って川沿いでお花見しよう!!」

ぎゃーぎゃー騒ぐ二人を置いて和菓子屋へ足を進めるとお団子だけではなく季節の和菓子にもつい目がいってしまう。洋菓子とはまた違った美しさに思わず見惚れていると銀さんが横からお店の人にそれもと和菓子を頼んでいた。

「凛は意外と和菓子派か?」
「甘いものはどれも好きだよ。」
「江戸にもケーキだなんだ色々ありやすが結局団子が一番落ち着きまさァ。」
「日本人って感じするよね。お花見するなら和菓子だなぁ。」
「着物といい和菓子といいお前は江戸でも生きれそうだな。」
「え?」

銀さんがそう言った瞬間、お店の人が綺麗に包んだ和菓子をこちらへ手渡してきて会話が一度切れてしまった。会計を済ませて店の近くの川へ向かう。

江戸でも生きれそうだなんて。

まるで私があなたの世界に溶け込めるって言われているみたいで。
それだけでも嬉しくて頬が緩みそうになる。


「へぇ、綺麗に咲いてら。」
「…。」

桜並木を歩けばひらひらと花びらが舞っていて思わず言葉が出なかった。綺麗なものをうまく表現できないと人は声を失うものなのだろう。
開いていたベンチに三人並んで座ると銀さんがすぐに団子の包みを開けた。

「もうまさに花より団子だね。」
「ばーか、団子を食べることによって桜がより美しく見えるって言われてんだよ。」
「聞いたことないでさァ。」

そう言いつつも沖田君も団子に手を伸ばす。私は綺麗な和菓子を一つとって口に運んだ。上品な甘さが広がって幸せな気持ちになる。それをみた銀さんが口角を上げた。

「ほらな、甘いもん食うと幸せになんだろ?幸せな状態で桜を見たほうが綺麗に見えるしいい思い出になるってもんだ。」
「…そうかもしれない。」
「凛さん、騙されてら。」

結局あっという間に買った甘味は食べつくしてしまい、銀さんが次の店へ行くぞーと張り切って歩き出してしまった。私と沖田君は慌ててついていく。

「のんびり花見もできねぇや。」
「でも楽しいよね。美味しいもの食べて。」
「ま、凛さんは旦那といれりゃ楽しいんでしょうよ。俺、先に帰りましょうか?」

沖田君が私にだけ聞こえるように小さい声で伝えてきた。またこの子は!

「やややややめてよ!そういうの!!!」
「冗談。旦那にだけいい思いさせるわけにいかないんで。なんなら能天気に先に歩いている旦那を無視して二人でデートでもしましょうや。」
「もう沖田君は…。」
「ちょっとぉぉぉ!聞こえてるからね!何二人で消える算段立ててんのォォォ!?」

少し前を歩いていた銀さんが大急ぎでこちらへ近づいてきた。
すると突然私の右手を掴んでそのまま歩き出す。

「え?銀さん?あのー…。」
「だってこうしてないと二人で消えちゃうだろ。」
「そんなことないでさァ。旦那、セクハラで訴えられますよ。」
「沖田君だってそう言いながら手繋いでるじゃん!」
「カップルについていく哀れな一人に見られたくないんで。」
「またこれ囚われた宇宙人じゃん!!」


きっと桜を見るたびに私は今日を思い出すんだろう。
甘くて、あたたかで、少しだけ切ない今日を。


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