君がいる世界 | ナノ



あの日、光の中へ引っ張られたと思ったらその先には見覚えのある河原があって。そこには俺達の姿を認識して涙目になっていたメガネとチャイナ、同じく涙目の近藤さんと驚いた表情の土方さんがいた。でけえ機械の近くにはあのたまだとかいうからくり家政婦だけが立っていた。どうやら作った張本人は姿を見せられなかったようだ。

旦那がいなくなってから三週間、俺にいたっては一週間ぐらいしか行方不明状態になっていなかったらしい。とはいえ突然どこか別世界へ行ってしまった俺を心配していたんだろう。近藤さんは俺を抱きしめると鼻水ずるずるで泣きまくるし、帰ってからも土方さんはやたらマヨすすめてくるし(死ね土方)山崎や一番隊の奴らも涙目で俺を迎え入れた。
おそらく旦那もあの二人に思い切り泣かれたことだろう。


そして三日後。俺は早々に仕事に戻ることになった。別に体調が悪かったわけでもねえ、本当はその日に隊務につきたかったが近藤さんに休めと言われて何もできなかった。

ただひたすら寝ていた。そうじゃねえと考えちまうからだ。

凛さんのあのひどく傷ついた表情を。

手を取ってもらえなかった絶望。
告げられなかった後悔。

それが詰まったあの瞳は真っ直ぐ旦那だけを見ていたというのに。


「あの人は何を考えてるかさっぱりでィ。」


腰に刀を差し、立ち上がると俺は久しぶりに見回りに出かけた。


俺のいなかった一週間、特に大きな事件もなかったらしい。随分久しぶりに感じるこの町も確かにたいして変わったところはなかった。途中で他の隊士達と分かれてあの川沿いを歩く。土手に寝そべる銀色頭が目に入って俺は真っ直ぐそこへ向かった。


「相変わらず仕事がなさそうで。」
「総一郎君じゃねえの。しばらく違う世界へ飛ばされてたんだ。リハビリだよリハビリ。」
「リハビリねぇ。俺には何もしたくねえって目に見えやすが。」
「神楽と新八と同じこと言ってんじゃねえよ。サボってんじゃねえって朝からグーパンされる俺の身になりなさい。今も逃げに逃げてやっと落ち着いてんだよ。」

俺が来たにもかかわらず寝ころんだままの旦那の隣に座るとふわりと暖かい風が吹いた。ああそうか。こっちは春がきたばかりだった。桜の下で三人並んで和菓子を食べたことを思い出す。

「旦那。いつにも増してしけた顔してますが思い出してるんですかい?」
「ありがてぇなぁ…お前がいることであの時間が現実だったって証明してくれんだから。」

相変わらず視線はどこへ向いているのかわからない。でもその言葉はどこか弱く感じる。
そうだ。俺達が過ごしたあの時間、あの空間は他の誰かに証明ができない。もちろん、あんな機械が実際にあって目の前で姿消されちゃ見てた奴らは信じてくれるだろうがそれ以外は無理だろう。突然異世界へ飛ばされたなんて頭おかしいとしか思えねえ。俺自身飛ばされずに旦那の話だけ聞いてたら糖分で頭までやられたかとしか思わなかっただろうし。

「俺も同じ夢見てなきゃ…ですが。」
「あいつの中にも俺たちといた時間は残ってんのかね。」
「さぁ。あの人はそれを証明するすべがないからねィ。」

あの人は一人でいるんだろうか。
今どんな気持ちで…。

「旦那、あのからくりは?」
「次元移動装置?あんなもん処分に決まってんだろ。俺達みたいなのがまた異世界に飛んでっちまったらやべえなんて言葉じゃすまねえわ。」
「いつ処分を?」
「…沖田君、まさかまたあっちへ行くつもりじゃねえよな?」

ほんの少しだけ声のトーンを下げて旦那は俺に聞く。

「だとしたら?」
「やめとけ。次機械が壊れたらもう直せねえって言ってた。処分が一番安全なんだよ。」

隠すつもりもなく舌打ちをしてやれば旦那はそのやる気のねえ目を細めた。

「まだ帰ってきてそんなたってねえのによ、もう声が思い出せなくなりそうなんだよな。情けねえ話だよ。恩人の声忘れちまうなんて。」
「旦那…。」
「沖田君さー。あいつどんな声で話してたんだっけ?最後にさ、俺の名前叫んだ声だけは覚えてんだけどさ。…それだけは。」

本当わけわからねェ。あの手を掴まなかったあんたが、どうしてそんな顔してんのか。もしかして本人もわかってねえのか?

「人間は声から忘れるらしいですぜ。」

俺の言葉に漸く旦那はこちらを向いた。

「次は顔、最後は…。」
「最後は?」
「その人間との記憶。思い出ってやつでさァ。」

再び視線を外して空を眺める旦那を見て俺は立ち上がる。そろそろ仕事に戻らねェとうるせぇのがたくさんいるからな。

「俺には旦那の考えがよくわかりやせん。あの時あんた、手をあえて掴まなかったじゃねえか。」
「…。」
「自分に向けられている感情に気づかないほどあんた鈍くねェはずだ。」
「…。」
「自分の行動で凛さんの気持ちがどんどん強くなるの、気づいてただろィ。」


何も答えない旦那に背を向けて歩き出す。

旦那が掴まなかったあの手を代わりに掴んでいたら、何か変わったのかねィ。

「死んだ人間にはもう会えないけど生きてる限りどこかで会えまさァ。」
「…そうだな。」

俺が残した言葉にだけはしっかりと応えた旦那に小さなため息をつきつつ、とりあえずメガネにこの場所をチクってやろうと携帯を取り出した。

「たくさん殴られて泣かれちまえばいいんでさァ。」

突然姿を消されるときっとまだ不安になるんだろう。だからあの二人は旦那を一人の状態にしたくなくて追いかけてるはずだ。仕事なんてのは口実で旦那が消えてしまうのを何よりも恐れている。

でもきっと泣いてるのは。

「あの人もだろうが。」

俺は万事屋へ電話をかけながら江戸の人込みへと溶け込んだ。


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