君がいる世界 | ナノ



執着を手放しましょうって世の中はよく言うじゃない。確かにその通りなんだろう、執着することをやめると楽なことって多い。そう、何かに執着するって大変なんだ。

『いいじゃねえですか。執着。』


沖田君の言葉が離れない。きっとそんなこと言われたのが初めてだから。
小さいときに親が死んでからずっとどこかで何かを諦めていた。多分、無償の愛を失ってから自分が縋り付いてでも何かを求めてそれを手に入れた後に失うことの怖さがこびりついているんだ。

「何で…。」

よりにもよって相手が銀さんなんだろう。確実にいつか消えてしまう人をどうして私は求めてしまうんだろう。



沖田君はバイトに行き、銀さんは買い出しに出かけて部屋には自分一人だった。本当は銀さんについていこうとしたんだけど休みの日ぐらい休んでろって留守番を命じられたんだよね。一緒にいたいんだけどなぁ。

銀さんがくれたコップでコーヒーを飲みながらソファに座って一人考える。この気持ちを認めて、仮に彼に気持ちを伝えたとしても。困らせるだけだろう。元の世界だってきっといろんな人に好意を寄せられているはずだ。それでも誰のものにもならないのは理由があるんだろうし。本当に万が一、万が一にも私の思いが届いて彼がそれを受け入れたところで。

「確実に別れるんだし。」

彼には彼の、私には私の世界がある。本当にこれこそ次元が違うのだ。
わかってるのにどうして沖田君はあんな背中を押すようなこと言うんだろう。いや、待てよ。あの子ドがつくSだった。これ私が辛くなるのを楽しんでいるんじゃ…さすがにそこまで人でなしじゃないか…ないよね?

「どうしよう…言う、言わない、言う…。」
「なーにぶつぶつ呟いてんの。」
「ぎゃあああああ!」
「うお!」

突然背後から現れた銀さんに思わず私は悲鳴をあげた。その声に驚いたんだろう、彼も一歩後ろに飛び跳ねて叫ぶ。

「ぎ…銀さん、おかえり。」
「ただいま…随分な反応だなおい。」
「ごめん。」

ははっと笑いながら言えば銀さんは私に手を伸ばした。その指は私の髪を少しだけ掬い上げくるくるとそれを絡めていく。

「銀さん?」
「綺麗な髪だな。」
「え。」

思わず目が泳いだ。多分何の気持ちもなくただそう思ったんであろう銀さんの発言が今の私には衝撃が強すぎる。好きな人にこんなことをされて、こんな風に言われて動じない人なんているのか?

ぱっとその指から私の髪がほどかれると銀さんは一度その場を離れてすぐに戻ってきた。手には私のシュシュとブラシ。私が目をぱちぱちとしていると彼はまた私の髪に触れる。

「銀さん?」
「たまには違う髪型もいいだろ。銀さん器用だぜー?神楽の頭もよくやってるから。」

言った通り、あれよあれよとトップにお団子が作られていく。普段は適当にまとめるだけだから新鮮といえば新鮮だ。

「すごーい。銀さんなんでもできるね!」
「万事屋だからな。」
「わーすごいどや顔ありがとうございまーす。」

銀さんは私の隣にドカッと勢いよく座ると視線を私の頭上に移動して満足そうに微笑んだ。

「うんうん、時折見せる項はポイント高いよ凛ちゃん。」
「セクハラ発言につきマイナス十点になりまーす。」
「おいおいこんなんでセクハラってお前中学生じゃあるまいし。」

つつつと私の首筋をなぞるように銀さんの指が動いた。ちょっとォォォこれは完全にセクハラです!私の心臓が!心臓が!!

「夢かと思ったんだ。」
「え?」

鎖骨の上で指を止めた銀さんがぽつりと呟いた。その目を見つめれば彼も私を見ていて吸い込まれるようなそれに視線を外せない。

「最初、ここに来た時さ。いきなり知らない場所にいて、お前に会って。全部全部夢だと思った。だから寝て起きたらいつもの天井が見えて新八に起こされると思ってたんだ。」
「それは…。」

私も最初はそう思った。目が覚めたら銀さんはいなくてああ、面白くてやけにリアルな夢だったなと思うんだろうなと考えていた。

「何度寝ても新八は起こしにこねえし、神楽も定春もいねえけどお前はずっといるし。俺はあの機械に巻き込まれて事故って意識不明の重体とかになって長い長い夢を見ているんだと思ってた。沖田君がきたのも、俺の夢の一部でこうやって話している今も夢なんじゃないかって。」
「銀さん?どうしたの?」
「お前は夢じゃねえんだよな?現実にいるんだよな?」

鎖骨にあった指はいつの間にか私の頬へ移動していた。包むように触れていた手が優しく頬を撫でて気持ちがいい。

「私は現実にいるよ。」
「そうだよな。」

あなたとは違う世界の現実だけど。

「夢じゃないよ。」
「そうだよな。」

夢みたいな時間だけど。

「銀さんどうしたの?」
「いや、何でもねえ。」
「なんか変だよ?」

夢みたいな出来事だけど、お願いだから。

「…凛。」
「何?」
「何で泣きそうなの?」

忘れないで。
なかったことにしないで。
でも諦めさせて。
じゃないと私、笑ってあなたを送り出せない。

「そんなことな…。」

慌てて目を逸らして立ち上がろうとしたのに、気が付けば銀さんに抱きしめられて動けなかった。
何これ。何この状況。どうなってるの?

「泣けば?」
「銀さん…。」
「そんな顔してんなら泣いちまえ。こうしてりゃ見えねえから。」

何で私が泣きそうになってるか銀さん知らないじゃん。
全部全部銀さんが原因なんだよ。なのにどうしてこんなことするの。こんなことされたら忘れられなくてまた苦しくなってなのにどこか喜んでる自分がいて嫌になる。

「困ってることがあったら銀さんに言えよ。悲しいならちゃんと話せ。できる限りのことはしてやるから。」

じゃあ、銀さん。
ずっとずっと側にいてって言ったら、あなたはどんな顔をするの?
一度帰れそうだったあの時、私に差し出した手を…私は期待していいのだろうか?


「ありがとう、銀さん。」

言いたかったたくさんの言葉を飲み込んで、私は代わりに涙を出した。



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