君がいる世界 | ナノ



「郵便局ならそこを右に曲がってしばらく真っ直ぐ行くと右手にコンビニが見えるのでそこを曲がっていただければ前方に見えてくるはずです。」
「うーん、何かいまいち自信ないんだよねー。お姉さん連れてってよ。」

会社帰りに突然後ろから声をかけられ振り向けばそこにはニコニコと人のよさそうな笑みを浮かべた男の人が立っていた。爽やかな見た目のせいか嫌な感じはしないのだが中々面倒くさそうだ。連れていくのは構わないけれどこれってナンパ?それとも単純に道がわからない?それとも…犯罪?
ぐるぐると考えているうちに手首をふわりと掴まれた。強引さを感じないところがまた彼の本心を隠してしまう。とはいえ知らない人間にいきなり触れられて私もおとなしくしているわけがない。

「離してください。わからないならスマホで調べてくださいよ。」
「機械音痴なんだよー。」
「じゃあそこのコンビニ行って地図見せてもらってください。」

手を振りほどこうとしても今度は強く掴まれた。これはアウトだ。ナンパだろうと何だろうと気持ち悪い。

「お姉さんじゃだめなの?」
「…だから!」
「一回右に曲がってしばらく歩いてコンビニ見えたら曲がれば郵便局。それぐらい一度聞いたら小学生でもわかりまさァ。」
「!?」

後ろからの声に振り向く前に私の手を掴んでいた男の手を振り払ったのは沖田君だった。片手にスーパーの袋があるから買い出しにでも行ってたんだろう。彼の姿に目の前の男は一瞬怯んだがすぐにあの人のよさそうな笑みに戻る。

「君には関係ないかな。今お兄さんはこのお姉さんと話してるんだ。邪魔しないでね。」

ああ。沖田君が高校生ぐらいに見えたんだろうな。実際それぐらいの年齢だし、彼は見た目が幼く見えるかもしれないけれど…そんな風に言ったらどうなるか、想像するまでもない。

「そんな簡単なことも覚えられないバカについていく女なんていねェよ。なんなら俺が連れて行ってあげましょうか?」
「てめっ…いっ!!!!」

綺麗な笑顔なのに目が全く笑っていない沖田君は男の腕を軽く捻りあげる。男は必死に振りほどこうとするのだが全く動かせないようだった。しばらくしてやっと謝罪の言葉を出した男に沖田君は腕を解放すると私の手を掴んで歩き出した。

「沖田君、ごめんね。ありがとう。」
「まぁ困った人間助けるのが仕事なんで。」
「バズーカぶっ放してるだけじゃないんだねぇ。」
「…あんた俺を何だと思ってるんでさァ。」
「ごめんごめん、冗談だよ。本当にありがとう。」

そう言えば呆れたようにため息をつかれた。そりゃそうか、いい年した大人があんなのに絡まれて年下の子に助けられるなんて。

「凛さんはお人よしだからああいうのに狙われやすそうだ。」
「え?そんなこと初めて言われたよ。」
「お人よし中のお人よしでさァ。そもそも旦那や俺を家に住まわせてるんだ、普通の人、ましてや女ならそんなことできやせん。」
「いやいや、沖田君や銀さんだから受け入れてるけど知らない男の人家に住まわせたりしないよ私。」

繋がれたままの手に力がこもったような気がした。そう言えばいつまで繋いでるんだろう。そう思って彼を見ると真っ直ぐに視線がぶつかってなんとなく口を閉ざしてしまう。

「旦那や俺だからって…あんたが知ってるのは俺たちの一部分、なのに男二人も世話しようなんてお人よし以外の何物でもないですぜ。悪く言えば世間知らずのアホでさァ。」
「よし、沖田君今日から野宿決定。」
「ヤダなァ凛さん、心優しい菩薩のような人って言ったんでィ。」

おお…珍しく沖田君が焦っていらっしゃる。ちょっと面白いから怒ったふりしておこう。
とはいえ繋がれたままの手が離されることもなく、私は距離をとることもできないのだけど。

「お人よしで、優しくて、でも実は寂しがり。」
「え!?寂しがり要素あった?」
「この前、執着しないって話したの覚えてますかィ?」

『凛さんはもう少し執着することを覚えたほうが良さそうでさァ。』

この前銀さんに形見のコップを割られた時、彼は私にそう言った。

「執着しないのは失ったときに自分が傷つくのが怖いからでしょう?いや、凛さんの場合は怖いというより傷つくことを知っている感じでさァ。だから何でも必要以上に執着しないようにしている。故意に。」
「えっと…。」
「物でも人でも。そうでしょう?だから自分の大切なものを増やしたくない。だけどどこかで求めてる。孤独は好まない。」
「それは。」
「現に今、旦那にこれ以上はまらないようにって毎日必死じゃねェですか。」
「はあああああああ!?!?!?」

何て言ったこの子。何て言ったこの子!!!

「あり?気づかれていないとでも?まぁ旦那も気づいてんだか気づいてねェんだか微妙なとこですけどねィ。あの人読めないんで。」
「待って!違うよ!?誤解だよ!?そんなこと決してございませんよ!?」
「いいじゃねえですか。執着。」

ぐっと握られた手に力を感じる。沖田君の目は相変わらず真っ直ぐ前を向いていて表情も真顔だ。彼から目が逸らせない。

「執着しない、何も求めない人生なんて何が楽しいんでさァ?誰かに求められる人生じゃなくて結構。自分が何かを求めて、手に入れていく人生でありたいねィ。副長の座とか。」

最後の言葉と同時に沖田君はこちらを向いて口角を上げた。目が点になっていた私は少し遅れてつられて笑う。沖田君らしい言葉だった。

「まぁこういうのは少しずつ改善していくってことで。あと、これからは気を付けて帰ってきてくだせェよ。心配で一人歩きもさせられねぇや。」
「私今まで一人暮らししてたんだけど…。」
「俺より心配している人間が物凄い目でこっちを見てますぜ。」
「え?」

沖田君がすっと指さす方向を見るとそこには無表情で立っている銀さんがいた。

「そーいちろーくーん。凛ちゃん。おててつないでお帰りですか?」
「あ。そういえば繋いでる。」
「俺たちラブラブなんでー旦那の目を盗んでイチャイチャしてたんですけどもうバレたんで隠さなくていいですかィ?」
「ちょっとォォォォ!この子怖い!何言ってるの!?イケメンが言うと黒も白になるんだよ!?」

手を振りほどこうとぶんぶん振っても全く外れる気配のないそれに私はさらに焦る。だって銀さん見てる!私たちの手を見ている!!!

「さっき凛さんが変なのに絡まれてたんで。しかもしばらく視線感じたんで手繋いで恋人のふりしてたんでさァ。」
「え!?つけられてたの!?」
「…この通り、本人に危険感知能力が欠けてるのは旦那が一番わかってるでしょう?」
「じゃあもう手離しても大丈夫だろうが。」
「なら旦那も繋いだらどうです?羨ましいって顔に出てますぜ。」
「べーつーにー!?う…羨ましくなんてないんですけどぉ!?」

なら帰りましょうと沖田君は相変わらず手を離さないで歩き出した。引っ張られるようにして歩き出す私の空いた手をぐいっと大きな手が包み込む。

「銀さん?」
「帰るぞ。」
「あー腹減った。早く帰りましょう。」
「あの、二人とも…。これ、囚われた宇宙人…。」

両手を繋がれて歩くなんてきっと本当に小さい頃以来なかっただろう。親の記憶もおぼろげな私にとっては不思議な感じだった。家族がいたらこんな感じなのだろうかと思いながら繋いだ手に力を込めると二人も少し強く握ってくれたことに何故か涙が出そうになった帰り道だった。



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