「ま、とりあえずかんぱーい。」
「「かんぱーい。」」
賑やかな居酒屋の個室には私達三人がいた。私と同期二人(相沢君と坂下君)だ。仕事が早く終わったので久しぶりに飲みに行こうとなったのだ。いつまでも断っているわけにもいかないし、なんといってもペットは飼っていないことがばれたので急いで帰る必要もない。
「松崎さ、まだ従兄弟のお兄さんいるの?」
坂下君がおっとりした口調で話を切り出した。まぁ聞かれるとは思っていたけどね。
「うん。」
「それにしても災難だったよなー。住んでたアパート火事になったんだろ?しかも会社が倒産して…ってそんなドラマみたいなこと現実にあるんだな。」
「そうね…。」
相沢は枝豆を食べながらしみじみと呟いた。
従兄弟の銀さんは仕事も住む場所もなくなった可哀想な人になっている。まぁ仕事も家もないのは事実なんだけどね。
「でもさー。あんまり似てなかったよな。ってか最初外国人かと思ったわ。あの髪。」
「あ…うん。おじいちゃんがロシア人って言ってたな〜確か…。」
「あーやっぱり。外国の血入ってると思った。」
「でもずっと一緒に住んでるわけにもいかねえよな。お前も彼氏の一人や二人家に…あ、ごめん。関係ない話だったか。」
「殺すぞ。」
「こんな明確な殺意を感じたのは初めてだわ。」
げらげら笑いながらビールを一気飲みしている相沢の頭を軽くたたいてやった。あんただって彼女いないくせに!!!
「でもさ、今度は従兄弟さんも一緒に飲もうぜ。お前んちで。」
名案!と言わんばかりに相沢が人差し指をこちらに向けて言った。言うと思ったから、絶対言われると思ってたから。
「お断り。…もう一人増えてるから。」
「「は?」」
この二人のことだ(主に相沢だけど)。また突然来られてもややこしいことになると思って私は沖田君のことを話しておくことにしてたんだ。
「この前の従兄弟、銀っていうんだけどね。弟が一人いまして…。その子もいるの。今。」
「何それ、どういう展開だよ。おまえんち。」
「大学一年生なんだけど…アパート代払うのもったいないから銀のところへ転がり込もうとしてたんだって。でもほら、火事になったでしょ?でもアパートの契約切っちゃったからとりあえずうちへ…。」
なんて苦しい言い訳なんだ。でも目の前の二人は信じてくれた。ウソでしょ?
「へぇ。まあ兄弟が近くにいるなら一緒に住んじゃうのも手だよなー。」
「学生は金ないもんね。」
「その子未成年だしね。うちらだけで飲むのも可哀想でしょ。」
「今時大学入ったらガンガン飲んでんだろ。」
「こらこら、みんな相沢みたいな奴だと思ったら大間違いだよ。」
坂下君が穏やかに言うけど脳裏によぎるのは一升瓶抱えている沖田君しかいなかった。ごめんね、坂下君。きっと相沢よりたちが悪い…。
「ま、そういうわけなのよ。落ち着くまで家で飲むのは勘弁。」
「「はいはい。」」
その後は仕事の話や上司の話に切り替わった。久しぶりに外で飲んで食べて楽しく過ごせた気がする。
もうすぐ二人の終電がなくなると聞いて店を出た瞬間、私は目の前の光景を疑った。
「銀…さん?」
「お、やっと出てきた。」
「あれ?従兄弟さんじゃん。」
「お迎えですか?」
店の外で缶のホットココアを飲んでいるのは銀さんだった。零時回る前には帰るって言っていたのに…いつから待っていてくれたんだろう?
「一応女の子だからな、凛ちゃんは。」
「優しい従兄弟さんだなぁ…。」
「じゃあまた、会社で。従兄弟さん、今度は一緒に飲みましょうねー。」
「おーぜひ奢ってくださーい。」
背中を向けて歩き出す二人に手を軽く振りながら銀さんは私に目を向けた。鼻が赤いよ銀さん。本当にいつから…?
「ずっと待ってたの?」
「まさか。コンビニ行ったついでに回ったんだよ。ここに来たのは五分前ですー。」
「本当?」
「総一郎君の様子見に行ったんだよ。」
「ああ。」
実は沖田君。あれからすぐにコンビニのバイトを始めた。どうやって履歴書とかごまかしたのかわからないけれどすんなり夜のバイトをしている。有言実行。しっかりバイト代を渡してくれるつもりらしい。
「どうだった?」
「一緒に入ってたバイトの奴をすでに奴隷化していた。」
「…聞きたくなかった。」
「だろ?」
そう言って笑う銀さんに何だか心が変になる。なんだろう、この感じ。この前から薄々感じていたんだけどこれって…。
「銀さん。」
「んー?」
「ありがとう。迎えにきてくれて。」
「おー。」
寒いからと言って少しだけ、ほんの少しだけ近づいて歩いた。
この距離は心の距離と似ているのだろうか?そうであってほしい。
銀さんのことをもっと知りたいと思ったそんな夜。
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