事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。
私は今目の前で起こったことが信じられない。
いや、理解したくないのかもしれない。
「…いってぇ。」
夕飯も食べたし、明日は休みだし何をしようかとお茶を飲みながらぼんやりと考えていたのだ、ほんの一分前までは。
なのになんだ、これは。この状況は。
「あれ?ここどこ?ババアの店じゃねえ…え?ええ!?何これ!?どこここ!?かっ神楽ァァァァ!?新八ィィィィィ!?!?!?」
ドサリと何かが落ちる音に振り向くとそこには男が倒れていたのだ。
上の階から人が落ちてきた…と思ったけれど天井に穴はあいていない。
しかもキョロキョロと見渡し誰かの名前を叫んでいる。
泥棒?変質者?どちらにしても不法侵入の犯罪者なんだろうけど襲われたら女の私なんて敵うわけがない。逃げなきゃいけないのにあまりにも突然のことに体は動かなかった。
「っ…だ…れ?」
かろうじてでた言葉がこれだ。まぬけにもほどがある。
声に気付いたのか彼がこちらを振り向いた。
あれ、この人どこかで…。
私の表情はとても強張っていたのだろう、彼は慌てた様子で手と首をぶんぶんと横に振っていた。
「ちっちちち違うからね!俺怪しいものじゃないからね!いや、完全に怪しいと思われても仕方ない状況だけど俺もわけがわかんないの!気付いたらここに落ちてたってわけで…!!!」
なかなかお目にかかれない銀色の髪に腰にささった木刀。
…コスプレにしては完成度が高すぎるし何よりいきなり現れたこの人物。
いや、まさか。そんなまさか。
ないないないない。
「お…俺は坂田銀時。かぶき町で万事屋やってまーす…いや、ほんとだから、だから警察に通報するの待ってお願いだから三百円あげるからァァァァァ!!!」
だまされるな私。コスプレした不法侵入者だ。そうに決まってる。
決まってる…はずなのに、でもどう考えてもどこから入ってきたのかわからない。
「あのー…お姉さん。ここ、どこですかね?」
一言も言葉を発しない私に自称坂田さんが申し訳なさそうに聞いてきた。
自分で来ておいてここがどこかって…あれ、この人もしかして本当に銀さん?ジャンプの銀さんでてきたの?私疲れてるのかな、最近仕事忙しかったからいつの間にか夢見てるのかな。
「もしもーし、お姉さん?」
「ここは…東京ですけど。」
「とうきょう???そんな町あった?」
「あなたは…江戸から来たんですか?」
「そうだけど?え?俺どこまで飛ばされたの?」
「飛ばされた?」
江戸からきたって質問を真顔で肯定したんですけど。
本当に本物?頭の痛い人?
「源が…知り合いのじいさんが新しい移動装置発明したとかでうちの大家の店に持ってきたんだけどよ、うちの従業員がボタン押しちまって機械が発動したと思ったらここにきてたんだよ。いや、本当だからね?だから故意に不法侵入したわけじゃねえんだよ…。」
源外さんって言いかけたのかな。
移動装置って次元の壁超えちゃう装置なの?そんなすごいもの作っちゃったの?
ああ、やっぱりこれ夢だわ。
「あの…だいたいわかりました。」
「怖がらせて悪かったな…あ、これ。」
銀さんがすっと名刺をくれた。これマンガで見たことあるよ。万事屋銀ちゃんの名刺だよ。
「何かあったらここに来てくれよ。最初の依頼料はいらねえからさ。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ帰るわ。本当に悪かったな。」
そう言うとスタスタと玄関に向かう銀さん。
夢なんだろうけど何だか感動する。
あれ、でもどうやって帰るの???
「なあ、江戸ってここから遠いか?歩いて帰れる?」
「あの…。」
玄関のドアを開けながら銀さんは私に質問する。
どう答えればいいんだろう。歩くも何も…。
「多分、歩いては無理かと。」
「まじかよ。くっそ電車代請求するぞあのジジイ。」
「あの、銀さん。」
「んー?あ、そういえば名前聞いてなかったな。」
「松崎凛です。あのですね、銀さん。」
私の家はマンションの五階だ。ドアを開けると通路になっているがそこから外が見える。
「私の予想が正しければ…江戸には帰れないです。江戸は存在しないので。」
「…は?」
「見てください。」
空を指さして言葉を続ける。
「宇宙船はひとつもありません。天人は存在しません。江戸時代は百年以上も昔に終わりました。今は平成って言います。」
「え?」
「なので歩きでも電車でも飛行機でも…万事屋には帰れないと思います。それでは。」
私はゆっくりとドアを閉めた。
寝て起きたら夢で名刺も何もかもなくなっているんだろうけど…。
銀魂読み続けていた私としてはおいしい夢だった。銀さんと話せるなんて。
さ、明日はゆっくりとすごそう…そう思って部屋へ向かった。
私の足を止めたのはドアを猛烈に連打する音と銀さんの叫び声でした。
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