振り向いてくれなくていい | ナノ


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「えへへ。」

私は携帯についているストラップを見てあの日を思い出している。
心折れそうになったこともあった。(金剛さん事件と私は呼んでいる)でもやっぱり単純だから。キラキラ輝くトンボ玉を見て私は舞い上がっていた。
とはいえ、これからどうしたものかと縁側に座りながら夕焼け空をぼんやりと見つめる。

(今日は仕事も早く終わったし、ご飯食べてお風呂入って寝るだけかー。少し作戦たてなきゃな。)

そう思いとりあえずご飯を食べてしまおうと立ち上がった時だった。

「楓ちゃん。総悟見なかったか?」
「あ、局長!」

声だけで誰かわかるけど振り向いて思わず一歩後ろに下がった。

「…相変わらずですね、そのお姿。」
「あはは。お妙さんは照れ屋さんだから。」
「どこの世界に照れて相手を半殺しにする人がいるんですか。」
「ツンデレなところも可愛いよねー。」
「デレの部分を私にもわかるように説明してください…。それで、沖田隊長ですか?」
「そうそう。ちょっと用があるんだけど部屋にもいないし、食堂もいないし…。見かけたら俺の部屋に来てほしいって伝えてくれるかい?」
「わかりました。」

もはやボロ雑巾のごとく、傷だらけの局長と別れ私は沖田隊長を探しに行った。
だいたい見当がつく、きっとお決まりの場所で昼寝をしていたに違いない。

(でも…もう夕方だし、そろそろ食堂とかに現れてもおかしくないんだけどなぁ。)

庭に出ていつも沖田隊長が昼寝をしている大きな木のある場所へ歩いていくと探し人の声が聞こえてくる。誰かと話しているようだ。

(やーっぱりあそこか…ん?この声…副長!?)

どうやら沖田隊長のお昼寝を副長が発見したらしい。
あーあ、またバズーカうつ騒ぎにならないといいんだけど…って私が止めないとだめか。

歩みを速め二人のいる方へ近づいた。

「…で、どうするんでさァ?楓は。」

ここを曲がれば二人の所へたどりつく…ところで自分の名前が聞こえて思わず足を止めた。

「何が言いたい?」

副長の声にイラつきを感じた。サボりを発見しただけで怒っているだろうけどそこに加えて私の話題だ、面倒に違いない。

「あんたは中途半端なんでさァ。いい加減腹くくれよこのヤロー。」
「は?」

何故か沖田隊長の声もいつもより低く感じる。怒ってる…?いや、何で沖田隊長が怒るのかはわからないけれどとりあえず最早出ていける雰囲気じゃない。かといって戻ることもできない、足が動かない。

「あいつの思いを断り続けておきながらあんなもんよこしやがって。」
「あんなもん?」
「ストラップ。あんたがあいつにやったんだろ。」
「…。」
「突っぱねてるようでそうじゃねえ。結局どこかであいつのこと離してねえんだ。だからあいつも離れねえ。本当に邪魔なら除隊でもなんでもすりゃいいだろ、その権限あんだから。なんならうちに配属させりゃ一ヶ月もしないで殉職だろうよ。」
「無茶言うな。理由もなくあいつを除隊させることもましてやお前の下に配属させることもできるわけねえだろ。」
「じゃあ、あいつの気持ちに応えてやりなせぇよ、本当の所、あんた…。」
「俺じゃ駄目だ。いつ死ぬかわからねえんだぞ。」
「そんなのあいつも同じでさァ。あいつは…姉上とは違うんだ。」

姉上という言葉が出た瞬間、副長が息をのんだ。
沖田隊長のお姉さんは、亡くなってもあんなに副長の心を揺さぶるのか。

「女ってのは俺達男が思っているよりもずっと強いらしい。守ってほしいなんてこれっぽっちも思っていないんでィ。たとえあいつはあんたが明日死んだって淡々と仕事するでしょうよ、あんたがそれを望むなら。いや、でも。」
「…。」
「いっそ自分が死んじまったほうがマシでしょうねィ。あいつがあんたを諦めるのは、あんたから解放されるのは自分が死んじまった時でさァ。」

本当にその通りな気がした。
きっと私は、この気持ちから解放されることはない。それこそ、自分が死ぬ以外に。

「苛々するんでさァ。あんたのその態度。」
「るせぇよ。」
「結局あいつも姉上と同じ、あんたに振り回されるだけで…。これじゃ何も変わらねえ。」
「うるせえよ!」

副長の声が沖田隊長の言葉を遮る。


「あいつのことはなんとも思ってないって言ってんだろ!!!」
「…。」
「どいつもこいつも逢坂に応えてやれって言うけどな、んなつもりはねぇし迷惑なんだよ。」
「っ!てめぇ…!!」

音がした。
耳には聞こえない音が。
何かが割れるような音が。

痛い。
痛い痛い痛い。

わかっていることなのに。
あの人の声で、あの人の言葉で拒絶されることが。

こんなにも痛いなんて。


ああ、そうか。副長は優しいから。私にあんなに強く拒絶したこと、今までなかったんだ。

悪いって謝るだけで…それ以上何も言われたことなかったから。
だからこんなにも痛くて、体が冷たくなる。



「ちょっと!何ケンカしてるんですか!?」

二人の間に入るようにして声をかける。自分でも不思議なくらい、普通に声が出て、表情も崩れなかった。
今までに見たことのない驚いたような、焦ったような二人の表情に思わず笑いそうになる。

「沖田隊長、局長が探してますよ?部屋に来てほしいって。」
「お…おお。」
「ほら、いきますよ?」
「おい…。」

副長が私に手を伸ばしたのが視界に入った。それはおそらく沖田隊長も気付いただろう。
私は隊長の袖を軽く掴んで引っ張るとそのまま副長に背を向けて歩き出した。

「…楓。」
「はい?もうこんな時間までお昼寝ですか?局長ボロッボロになって帰ってきたんで手当手伝ってくださいね?」
「聞こえてたか?」

私の質問には一切答えないで聞いてくるのが彼らしいと思った。
そして、その声はさっきまでとは違い心配しているかのようで。

「何のことです?」
「笑うなよ。」

振り向いてただ答えただけなののに。私は笑っているのか。
眉をひそめた沖田隊長は私の肩を掴んだ。

「どうしたんですか?なんか優しくて変ですよ。槍がふります。」
「…無理してんじゃねえって言ってんだ。」

それ以上優しい言葉を聞きたくなくて。
肩にある手をゆっくりと外しながら涙腺が緩む前に言葉を返す。

「頭…うったんです?」
「お前の頭かちわって記憶喪失にしてやろうか。」
「ちょっ!隊長!刀ぬいちゃったら本当にわれちゃう!!記憶失うどころか命失う!」

私は逃げるように隊長から走りだした。
ああ、良かった。これで涙も見られないですむ。

「記憶を失くして…あいつのことも忘れちまえばいいんでィ。」

呟くような隊長の言葉は私の耳には届かなかった。





あの時副長がどういう気持ちで手を伸ばしたのか。
私にはわからない。
あの時隊長がどういう気持ちで慰めてくれたのか。
私にはわからない。

でも私は…。

どちらの手も掴めなかった。



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