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私だって心が折れないわけじゃない。
刀振り回してても女なのだ。
斬られるより痛いこともあるんだ。
好きだと告げてはすまないと断られる。
どんなに思っていてもどんなにそれを伝えても副長の心には届かない。
でも、今は隊士として側にいられればいいと、前を見てひたすら進んでいく副長を追いかけられたらそれだけで幸せだと思うようにした。実際それは幸せな事だから。
なのに。
やっぱりつらいし、涙もでるし、苦しくてしょうがない。
好きって気持ちは消えないから厄介なのだ。
隊士として側にいると決めたのに、女々しい気持ちがいつまでも消えない。
心のどこかで好きという気持ちに応えてほしい自分がいる。
目移りできたらどんなにいいか。
だからいっそ、この気持ちを完膚なきまでにたたき壊してくれたらいいのに。
「楓、聞いてるか、おい。」
「…え?」
目の前を大きな手がひらひらと上下する。
ぼーっとしていた私を心配そうに原田隊長が見ていた。
「あ、すみません!」
「いやいいけどよ。とりあえず明日の見回りコースは変更だからな。まあ俺と一緒だから大丈夫だけど。」
「わかりました。」
「…お前、大丈夫か?」
「え?」
「副長のことで悩んでるんじゃないのか?」
原田隊長…何でわかるんですか?
やっぱりその頭の輝きは伊達じゃないですね、徳の高いお坊さんに見えてきました。
「おい!手合わせてんじゃねえ!!」
「あ、つい。」
「心配して損したぜ。」
「いえいえ心配してください!!!」
「まあお前の頑張りはみんな知ってるからな。ほんとよく諦めずに毎日アタックできるもんだと。」
「…諦めが悪い…ですよね。」
「楓?」
どうして諦めないんだろう、私。
あんなに何度も振られてどうして?
「諦める…べきなんですよね。こんだけ振られててそれでも食らいつくとか副長は優しいから言わないけど正直ドン引きですよね。」
「お前…。」
「そろそろ頑張って諦める努力しないと。副長に迷惑だし。」
私が笑ってるのにどうしてそんな顔するんですか、原田隊長。
強面なのに眉毛ハの字になってますよ。
「諦める努力なんてできるのか?」
「え?」
「そんな簡単にできねえからお前毎日副長に伝えてるんだろ?」
「原田隊長…。」
「お前が副長に好きだって言って、副長がすまねえって言って、それでもお前が笑ってて副長もそれを見て少しほっとしてて…沖田隊長が入ってきて騒いでるって最早毎日の光景だろ?俺はな、その光景が好きなんだよ。」
俺だけじゃねえぞ、ここにいる奴らみんなそう思ってる。
そう言われて今度は私の眉がハの字になる。
わかってしまった。
諦める努力なんてできないこと。…したくないこと。
ああ、そうか。
私が諦められない理由は…
私が諦めたくないからだ。
私が副長を諦めたくないから。
心のどこかで気持ちに応えてほしいと思ってる女々しい自分が、まだ消えたくないと願うから。
「原田隊長。」
「ん?」
「もう少し、お付き合いください。あの光景。」
泣き笑いの私の頭をぽんっと原田隊長がたたく。
今度は酒でも飲みながら話しするかと隊長と話していると部屋に足音が近づいていた。
ああ、もう。
わかっちゃうのが悔しいな。この足音は。
「逢坂。ああやっぱりここか。」
「どうしました?副長。」
「おい、原田。こいつ借りる。」
「どうぞどうぞー。もう今日の仕事は終わりなんで。」
ちょっと私は物ですかとつっこみたい会話内容だったけれど口角が自然に上がってしまうものだから本当私は単純だ。
立ち上がり原田隊長に礼をして部屋を出た。
「悪い。急ぎの仕事が入ってな。お前の力を貸してくれ。」
副長はずるいなあ。そんなこと言われたら、いや、そんなこと言われなくても傍に居たいから断らないのに。
「はいはい。副長の代わりに始末書ですか?」
「ああ、総悟になんか奢ってもらえ。全部あいつのだ。」
「…副長は?」
「は?」
「副長はご褒美くれないんですかー?」
まあ始末書=沖田隊長の図式は理解してるし、本来それは副長の仕事じゃないのもわかってるんだけど。
言ってみたかったのだ。
「…うまいもん食いに連れてってやる。」
「土方スペシャル以外でお願いします。」
「んだとこらァァァ!?マヨネーズ馬鹿にすんなよ!?」
「マヨネーズは好きですよ。度を越さなければ。」
「ったく…。」
副長の部屋に入り机に向かう。
彼もぐっと伸びをして目の前の書類にとりかかった。
「デートですね。」
「は?」
そう呟くと副長はくるりとこちらを向いた。
「え?だってご飯食べにいくんですよね?」
「だからってお前デートって…。」
「私は副長と二人ならたとえ見回りでもデート気分です!」
「浮かれ気分で見回りすんじゃねえ!真面目に仕事しやがれ!」
「例えばですよー。そもそも副長と見回りなんてしたくてもできません。組むことほとんどないですし…。ご飯楽しみです。」
顔が緩んでいるのが自分でもわかる。
だって副長と二人きりで食事に行けるとか。何着ようかな。
ゆるっゆるの顔を見た副長が小さくため息をついた。あ、呆れたかな?いつものことか。
「…どこ行きたいか考えておけ。どこでも連れてってやる。」
そう言って副長はまた書類に向き合った。
ずるいです、副長。
どうしてそんな優しい目するんですか。
呆れるところでしょう?なんでそんな…。
やっぱり諦めることなんてできない。
諦めたくない。
こうしてまた私は。
何度もあなたに囚われる。
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