振り向いてくれなくていい | ナノ


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あれ。ここはどこだっけ?
暗くて何も見えない。見えない?あ、もしかして寝ているのかな。じゃあ起きなきゃ。
そう思った瞬間、頬に何かが触れた気がした。それに引き寄せられるように私は目を開ける。


「ん?」
「起きたか?」
「え?」


声がした方を、つまり自分の隣を見るとそこには柔らかい眼差しでこちらを見ている副長がいた。私の隣に横たわって…ってえええええええええ!?


「ふふふふふふふっふくちょ!?」
「楓?」
「名前!?え!?何どういうこと!?」
「いや、お前がどういうことだよ。何驚いてんだ。しっかし久しぶりに副長って呼ばれたな。」
「え?」
「…寝ぼけてんのか。」

副長は起き上がると私のおでこをぺちっと叩いた。そのまま彼はベッドから降りタンスから服を取り出す。着替えだしたことに驚いて私はもう一度布団をかぶった。


何これ!?どういうこと!?


「おい、具合悪いのか?」
「いや、あの、副長…説明していただけるとありがたいのですが、ここは…。」
「…お前寝てる間に頭うったのか?ここは俺とお前の家。さっきから懐かしい呼び方してっけど普段お前は俺のこと名前で呼んでる。結婚して一年たつだろうが。…まだ夢から覚めねえか?」


け、結婚?
私、いつ、副長と結婚したの!?!?

口をぱくぱくさせるだけで言葉を紡げなくなった私を見ていた副長が本気で心配そうな顔になった。

「本当に大丈夫か?病院連れてくか?」
「いや、大丈夫!大丈夫ですから!!!仕事行ってきてください!!」
「仕事よりお前のほうが大事だろうが。」


ぱきんと音がした気がした。
目の前の愛しい人も世界も何も変わっていないのに、何故かひび割れたような音がしたんだ。そしてその理由もわかっている。


「副長、これ、夢ですね。」
「何言ってんだお前。」
「だってこんな甘い世界、私は知りません。」
「一年前まではな。でも今は…。」
「たとえ副長と一緒にいることが許されたとしても、あなたが私を一番にするなんてことありえませんよ。」
「…。」
「だって副長は真選組が、近藤さんが、沖田隊長が、みんなが大切で。だから…私だけが一番になるなんてありえない。」
「俺がお前だけを見るのはありえねえのか?」
「はい。そんな人は私は知りません。そんな人は…。」

いつも、あなたの背中を見ていた。
だから、こうやって待っていてくれるあなたを私は知らない。


「土方十四郎じゃありません。」


そう言った瞬間。
再び世界は闇に戻った。









「っ…。」

瞼の裏に光が見えた。それに気づくと周りの音も聞こえるようになった。ピッピッという機械音、小さく話す声、その声は聞き覚えのあるもので私はゆっくりと目を開けた。

「あ…。」
「楓ちゃん!?」
「楓!」

小さく声をあげた私に気づいてくれたのは山崎さんと原田隊長だった。視線をぐるりとあちこちに動かし、自分が病院にいることを認識する。少しずつ思い出すのは銃弾を肩に受けて気を失った時のことだった。多分、毒でも塗られてたんだろうな。

「良かった!俺、局長達に報告してくる!」

山崎さんは涙目でそう言うと急いで病室を飛び出した。原田隊長はすぐ横の小さな丸椅子に腰かけてため息をついた。

「ったく驚かせるなよ…お前三日も目を覚まさなかったんだぞ。」
「え…それはご迷惑を…。」
「いいんだよ、とりあえず目を覚ましたから許してやる。大変だったんだぞ、お前がぶっ倒れて沖田隊長が真っ青になってお前を救急車に無理やり乗せるし、副長も…。」
「副長…。」
「…固まっちまってたよ。」
「そう…ですか。」

あの時誰かに名前を呼ばれていた気がしたんだけどそれは沖田隊長だったんだろうか。副長はそもそも私のこと名字で呼ぶし、きっとそうなんだろう。また隊長に迷惑かけたなぁ。

「あ、とりあえずこういう時は医者呼ばなきゃか?さっき来てたからその辺にいるかもしれねえ。ちょっと待ってろ。」
「え?原田隊長?」

言うやいなや原田隊長は病室を出ていった。こういう時のためにナースコールってもんがあるのではと思ったけれどまだ体がうまく動かなくて自分で押すことができない。仕方なく原田隊長が戻るのを待とうと思った瞬間、病室の扉が開いた。

「早かったですね、原田隊長…。」
「目、覚めたのか。」

予想していた声と違うものが返ってきて体が飛び跳ねるかと思った。…動けないからそれは杞憂だったけれど。

「大丈夫か?」
「副長…。」

丸椅子に座った副長は少し疲れているように見えた。眠っていないのか目の下の隈がすごい。

「副長、ちゃんと寝てます?ダメですよまた三徹ぐらいしてません?」
「人の心配してる場合かお前は。」
「だってその隈…。」
「逢坂。」
「!」

よく考えてみたら最近副長と距離を置いていたんだ。久しぶりに副長の口から自分の名字を呼ばれてそれに気が付いた。でも考えてみたら私子供っぽいことをしていた。もしあのまま私が死んでいたら、副長はあの時、私に拒絶の言葉を言ったことを後悔するんじゃないかって思った。副長はそういう人だから。

「副長…あの…。」
「お前、ここを辞めろ。」
「え。」

突然の言葉に理解が遅れる。ここをやめろ?ここって何?やめろって何を?
私の思っていたことが表情から読み取れたのか、副長はまっすぐと私を見て言葉を続けた。

「足手まといはいらねえんだよ。」

その言葉で全てを理解した。つまり副長は私に真選組を抜けろと言っているんだ。今回、私が怪我をしたから?でもここにいたら怪我どころか死ぬこともあるのはとっくにわかっていることだ。力不足ってこと?それともこれはあくまでもきっかけでやっぱり副長は私が側にいることを…拒絶しているのか。

「副長、それは命令ですか?」
「…。」
「副長!」

震える声で尋ねても副長は返事をくれなかった。私がもう一度声を上げようとした瞬間、勢いよく病室のドアが開いた。

「逢坂さん!目が覚めたんですねー!すぐに先生来ますから。」

バタバタと看護師さんが入ってきて私たちの会話は中断された。看護師さんに追い出されるように病室を出た副長がこちらを振り向くことはなくて。
いつも憧れて、焦がれていたその背中に初めて私は泣きたくなった。


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