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「お゛ばよ゛う゛ござい゛ま゛ず…。」
「…。」
私の開口一番の声が原田隊長の眉間に皺をよせた。そりゃそうだ。喉が痛くて出てくる声といえばハスキーボイス。寒気もするし咳もでる。これはつまりあれだ。あれだよあれ。
「…風邪か?」
「ばい゛…。」
「よく起き上がってきたな。とりあえず回れ右で布団に戻れ、頼むから。」
「え゛!?!?」
「え?じゃねえよ!どう考えても戦力外だろうが!!!むしろ何ができると思って起き上がってきたんだよ!!」
原田隊長に背を押され私は無理やり部屋に戻された。有休扱いにしてくれますかね。
仕方なく布団に入ると無理に起きたのがいけなかったのか一気に体が重くなった。風邪なんてめったにひかないのにどうして…って思ったけどよく考えてみれば昨日雨が降っていたのに無理やり沖田隊長にパシられてコンビニまで走ったからだよコノヤロー。覚えてろー!!!
げほげほと咳きこんでいると襖の向こうから控えめな声がした。
「楓ちゃん、大丈夫?」
「その声ば…山崎ざん。」
「とりあえず薬おいとくね。あと歩狩汗もあるからちゃんと水分とるんだよ。」
「ありがどうございまず。」
「ごめんね、俺行かなきゃ。ゆっくり寝ててね。」
そう言って薬やらなんやら置いて行ってくれた山崎さんはすぐに部屋を出ていった。確か昨日は明日までにたまった報告書片付けなきゃって言ってたのに私に薬持ってきてくれるなんて本当に優しい。
ありがたく薬を流し込み歩狩汗を飲んで再び布団に潜り込んだ。こういう時は汗をかいて寝るに限る。さぁ寝るぞ!!!
と、意気込んだ時だった。
「おーい。楓。風邪ひいたらしいじゃねえか。」
「ばい。風邪びいだんで回れ右してくだざい、沖田隊長。」
元凶きたァァァ!!ってか具合悪い人間の所にくる!?そして部屋に入ってきて座る!?許可もなくゥゥゥゥ!?
「悪かった。」
「…え?」
「昨日のせいだろうが。」
「…!!!!!」
おおおおおおおおおお沖田隊長が謝った!?え、何これ、私死ぬの?もしかして風邪とかじゃなくて重い病なの!?だって沖田隊長が謝るなんてありえないじゃない。やっぱり死ぬんだ。せっかく副長に思い続けてもいいと受け入れられたのに、まだあの幸せな瞬間から二日ぐらいしかたってないのに。ああ、やっぱり幸せな時間なんてそう長くはないんだ。お父様、お母様先立つ不孝をお許しください。よりにもよって斬り合いじゃなくてこんな風邪なんかで…。
「おい。」
「ごめんなさいお父さんお母さん、副長。」
「てめぇ考えてることがご丁寧に顔に全部でてらァ。お望み通りあの世へ連れていってやろうか。」
「ごべんなざい、がんべんじでぐだざい。」
沖田隊長はどこから取り出したのか冷却シートを手に取るとべちりと(本当に大きい音だった痛い)私のおでこにそれを貼り付けて立ち上がった。
「早く治せ豚。パシリが体調なんて崩してんじゃねえ。」
「バジリじゃないでず。私十番隊なんでずげど…。」
「うるせぇ、寝ろ。」
「ぐっ!」
え…普通乙女にこんなことする?瀕死の部下にこんなことする…?
沖田隊長のお腹への鈍い一撃に私はあっさり意識を手放した。
真っ暗な中をただふわふわと浮いている感覚。あ、これ夢だなんて珍しく気づいたんだけど目覚めることも何か光をうつすこともできなかった。夢ぐらい自在に操れたらいいのに。そうしたら副長ときゃっきゃうふふするのに。…想像できなかった、やっぱり無理か。でも普通ならこんな真っ暗闇にいると怖くなりそうなものなのにやっぱり夢だとわかっているからか全然平気だ。それどころか心地いい。だって見たいものは見られないけれど何故だかとても落ち着く香りがする。すこし苦いようなでも優しい香り。あ、これ副長だ。副長がよく吸っている煙草と副長の香り。なるほど、甘い夢は見られなくとも、副長の香りは覚えていると。なんだそれ私変態みたいじゃないか。違います副長、変態なのは副長に対してだけです。
「ん。」
あ、声はでた。何だかおでこに冷やりとした感触があった。沖田隊長が貼り付けてくれた冷却シートかな。そしてふわりふわりと頭に温かい何かが触れる。気持ちいい。頭痛が和らいでいく気がする。これ、誰かに撫でられてる?誰だろう。こんな優しいことしてくれるのは女中のおばちゃん?近藤さん?山崎さんかな。あ、原田隊長か。きっとそうだ。
「原田たい…ちょ?」
「誰が原田だ。」
やっと自分の意思で開けることのできた瞼。視線を移動するまでもなくその声の主に一気に覚醒した。
「副長!?どうし…あいたっ!」
「バカ、寝てろ。起き上がるな。」
思い切り起き上がろうとしたのに肩をあっさりと押し返されて布団に倒れる。うわああああ今日もかっこいい。一気に上がる心拍数に最早風邪で頬が熱いのかも定かではない。多分副長のせい。
「お前…おばちゃんはともかく、近藤さんと山崎ってなんだ。しかも原田に決定しやがって。」
「あれ。声でてました?」
「ばっちりな。」
「恥ずかしい!!!」
「薬効いたみたいだな。だいぶ声も落ち着いてる。」
「!!!」
副長がまた夢の中のように髪を撫でてくれた。あれ?まだ夢?そうか、ついに私きゃっきゃうふふする夢見られるようになったんだ。
「今度からはちゃんと総悟の無茶を断れよ。またこんなことになったら仕事が滞る。」
「…仕事だけですか。私の体調不良で困ることは。」
「っ!」
布団を口元まで引き上げつつ目はじっと副長を見つめた。夢だったらきっと優しいこと言ってくれるんじゃないかなっていう期待を込めて。えへへ、夢ぐらいいい思いさせてくださいよ副長。
しばらく目を泳がせた副長の視線が私に戻った時、ゆっくりと形のいい唇が動いた。
「お前が寝込んでると調子が狂う。」
「?」
「朝いちで能天気な挨拶聞かねえと落ち着かねえって言ってんだよ。」
「へへ。」
甘さ控えめ、副長らしさ満点の返事につい頬が緩んだ。ああ、いい夢見られた。悔いはない。たとえ重い病で死んでも悔いは…あ、ちょっとある。もう少しいちゃつきたい、夢なら。
「副長。」
「あ?」
「頭痛いです。痛いの飛んでけしてください。」
「ばっ!バカか!お前、ガキじゃねえんだぞ!」
「治る気がするなー。治る気がするなー。」
「くそ…変なところ総悟に似てきやがる。」
軽い舌打ちをした後副長は私の頭に置いてた手をポンポンと動かした。
「い…い…いた…。」
「ふくちょ?」
ああ、何だか眠くなってきた。安心したのか、ドキドキしすぎて疲れたのかわからないけれど。早く寝て治して仕事しなきゃなぁ。
ゆっくりと落ちていく瞼の隙間から見えたのは顔を赤くしながらこっちを見ていた副長で。その口は確かに「痛いの痛いの飛んでいけ」と動いていた。
「…おい、寝たのか?ったく、人になんてことさせやが…。」
「土方さぁーん。随分可愛いことしてるじゃねえですか。寝てる楓に。」
「総悟!?お前…いつから…見てた?」
「そうですねィ。このバカが目を覚ましたあたりですかね。」
「全部じゃねえかァァァァァ!!」
「ばっちり録画しやしたぜ!おーーーい!みんなぁ!土方さんが寝てる楓にすげぇことしてんぞぉー!!!」
「バカ!語弊生む言い方してんじゃねえ!!!」
「あんたら病人の部屋で何騒いでんだよ!!」
沖田隊長の楽しそうな声と副長の焦る声、山崎さんの怒鳴り声に落ちかけていた意識はあっさりと引き戻されていて、私はさっきのことが現実だと知る。そして副長に恥ずかしいことを言ったこと、それに応えてくれたことに悶えて風邪とは別に心臓発作を起こしそうになっていたことを騒いでいるあの人たちは気づかなかった。
終
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