振り向いてくれなくていい | ナノ


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『お前を逮捕する。』

彼は一言そう告げると彼女はひどく狼狽する。

『え??私…何もしてません!罪状はなんです!?』
『窃盗罪で終身刑だ…。』
『罪おもっ!おもっ!しかも日本に終身刑なんてないですよ!』
『俺の心を奪った罪だ…一生離れられると思うなよ。』
『副長っ!!お嫁さんになります!!!!』







ばっと両手を広げてすぐに自らを抱きしめるかのようなポーズをする楓ちゃんはもう女優ばりの演技力だと思う。

「という夢を昨日見ました…。寒っ!副長寒っ!」
「「「ぎゃはははは!」」」

自分で見た夢を一人二役で演じ切った彼女の周りを囲うように座っている十番隊の面々が腹を抱えて笑った。原田なんて息できてないし、いつの間にか参加していた沖田隊長もひっくり返って笑ってる。

「おいこら逢坂!!!何てめえは人を勝手に寒いやつにしてくれてんだ!鳥肌たっただろうがぁ!」
「やだ副長いつからいらっしゃったんですか!?なんなら夢の続きをいますぐお願いします!!!」
「てめえは切腹してこい!!!」

きっと途中から聞いていたんだろう、副長が廊下からズカズカと部屋へ入ってくると楓ちゃんはきゃーとか楽しそうに叫びながらぐるぐる隊士達の間を逃げ回っていた。
こんな風にすっかりとけこんでる彼女も最初からこうだったわけじゃない。
女の隊士が入ると決まったとき大半が反対した。仕事も仕事だし何より風紀が乱れるという理由だ。だけど上の命令には首を縦に降るしかない。そうして入隊した女隊士はなんと四人。
それぞれ剣に長けていたり、頭がキレる人だったり、美人だったりと何か特別なものがあったんだけど…。


『逢坂楓です!よろしくお願いします!』


楓ちゃんだけは平凡な女の子…って感じだった。平隊士はやっぱり美人に目がいくし、剣術の得意な子や頭の良い子も目立っていたけど楓ちゃんはいまいちぱっとしてなかった。

俺は逆にそれが目をひいてしまった。自分も地味だからかもしれないけど親近感がわいたんだろうな、今思うと。

剣に自信のある子は一番隊、頭の良い子は副長補佐、美人な子はなんと俺達監察に配属された。楓ちゃんは無論十番隊。
でも一人二人といなくなっていった。
最初から俺達には予想がついていたんだけどね。いくら腕に自信があったって常に死の危険性がある場所にいたり、あの鬼の副長の下にいたり、敵を見張る為に不規則な生活をしなくちゃいけない…こんな場所に女の人がいられるわけないって。

だから三人が辞めた時、俺達は止めもしなかったし何とも思わなかった。
むしろ楓ちゃんは後どれぐらいもつんだろうなんて予想すらしていたよ。

でもね、彼女は違った。

『あ、山崎さん。』
『お疲れ様。稽古?』
『はい!』

流れる汗をタオルで拭いながら風呂場へ向かう楓ちゃんと廊下ですれ違った。
へとへとですよーなんて笑いながら言う彼女の白い腕は痣ができていて痛々しいと思ったんだ。こんなところにいなければ普通の女の子の生活ができるのに…何でって。

『楓ちゃんはさ…辞めたくないの?』
『え?何をですか?』
『ここだよ。真選組。こんなむさくるしくて、危険で、大変なところ。辞めたいって思わない?そんな怪我までしてさ…。』
『んー…。』

俺の視線に気付いたのか、楓ちゃんは自分の腕の痣を見つめていた。
でもすぐに顔を上げてにこりと笑う。

『思わないですね!自分で入ってきたんですし。』
『でも…。』

もう君以外の女の子はみんな…。

そう言いかけた時、少しだけ寂しそうな顔をしたけれど、でもすぐに微笑んでいた。

『私ね、山崎さん。あの中で剣も、頭も、顔も何一つ誰にも勝てないんですよ。ぜーんぶ二番なら良い方。でもだいたい三番目かビリでしょ?』

あはは!と笑う彼女に何て言っていいかわからなかった。実際そうだったし彼女がずば抜けて何かに優れているとも思えなかったから。

『でもそれで辞めてたら私きっとこれから先何もかも途中で諦めて、何一つ続けられない気がするんですよ。』
『…。』
『それに私ここが好きですから。』
『!』
『だから辞めませんよ。私。』

ではお風呂いってきまーすと言って彼女はそのまま歩いていった。
その後姿はなんだかかっこよくて。俺は彼女が四人の中で一番「根性」があるんだなってその時気付いた。そしてそれがきっと…ここにいるには一番必要だ。


「わわっ!」
「てめ、逃がすか!」

二人の声に我に返ると部屋の隅に楓ちゃんが追いやられていた。
副長のあまりの剣幕に十番隊の隊士のほとんどは逃げた後だ。残っているのは沖田隊長に原田に俺。二人はやれやれと言った感じで副長と楓ちゃんを眺めていた。

「ふ…副長!これって壁ドン!壁ドンですね!!!」
「…おー随分余裕じゃねえか。」
「ぎゃーーーー!違います!壁ドンは頭を掴んで壁にドーーーンじゃありませんっ!沖田隊長助けて!!!」
「楓〜負けんな〜。」
「ちょっとォォォ!せめて応援はこっち見ていってくださいィィィィ!はっ原田隊長ォォォ!助けて!」
「無理言うなよお前。」

副長に頭をわしづかみにされた楓ちゃんはこっちに助けを求めているけれど誰も動かず…ってか沖田隊長ならともかく俺と原田は無理だからね。

でも最近副長も丸くなったと思うんだよね、楓ちゃんに。最初は誰よりも厳しく接していたけれど彼女の真面目な態度、仕事っぷりに段々優しくなったと思う。
まあ今に至っては毎日のように告白されて困ってるけど…。

俺は彼女の思いはそのうち実るんじゃないかって思うんです。
なんてったって彼女にはここにいられるだけの「根性」があるんだから。
副長の心も開いてしまうんじゃないかなーって思うわけで。
そしてそれは副長にとって幸せな事なんじゃないかなーって思うわけで。

とにかく、楓ちゃんは応援してあげたくなるような女の子なので、このまま真選組にいても何も問題がないと思いました。








「さっくぶぅぅぅぅん!?!?」

俺の報告書を見た松平長官がこう叫びながら俺に銃ぶっぱなしてきたので本当に死ぬかと思いました。





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