振り向いてくれなくていい | ナノ


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いい加減右手が疲れてペンを投げ出した。
ぐたりと頬を机につけるとひんやりとして気持ちいい。副長室に私専用の小さな机を置くようになってどれぐらいたったんだろうなんてふと考える。
自分が何もしないとただ副長が文字を書いていく音だけが聞こえて心地いい。

「副長〜。」
「なんだ。」
「好きです。」
「…。」

あ、副長の手も止まった。
無言だけどどう返そうか迷ってるんだろうな…とか考えて顔が緩む。
受け入れてもらえないけれど拒絶もされないから私は簡単に調子にのるんですよ。

「マヨネーズが。」
「マヨネーズかよ!?」
「でも副長はもっと好き。」
「…。」

ふざけて返したことに安心したのか、思い切りこちらを向いてつっこんだと言うのにすかさず振りかかる言葉に口を軽くあけたまま固まってしまった。

「…さっさと手、動かせ。」
「鬼ー。」
「知ってんだろ。」
「ですよね。」

小さくため息をついた副長が再び机に向き直り、私の視界にはまた広い背中だけがうつることになった。


私だって最初はこんなんじゃなかった。
こっそりと…いや、ひっそりと恋心を抱いていたのだ。

真選組に入隊してすぐ副長の姿を見て体に衝撃が走った。一目ぼれといってしまえばそうなんだろうけどなんというか…少女マンガのようにキュン!としたわけでもなく、本当ただただ雷に打たれたかのようなあの感覚。
土方十四朗という人間に強く惹きつけられたのだろう。
口ではうまく説明ができない。

十番隊の平隊士である私が副長と会話をするなんてことなかなかない。
遠くから見つめて癒されて、そしてまた仕事をがんばって…そんな毎日だったのだ。

でもある日話すチャンスが舞い込んだ。
原田隊長に書類を届けてほしいと頼まれたのだ。
もう感謝してもしきれない。そのあと隊長にハグしたら「お…俺はお前のことをそんなふうに見ているつもりは…。」と焦られたのでとりあえず一発叩いておいた。もちろん頭を。
まあその時原田隊長に恋心を打ち明けたんだけどね。そして今でも書類の提出は私の係となっている。

あ、脱線した。
そうそう、原田隊長に頼まれて書類を持っていったんだよ。
ドキドキしたな…それはそれはもう緊張して、失礼しますって声が震えていたもん。
部屋に入ると事務処理している後姿がくるりとこちらを向いた。
機嫌が悪いのか通常なのかわからないけれどあの目は正直心が冷える。
思わずびくりとしてしまった私を見た副長は予想外の相手だったようで目を少しだけ丸くした。

『逢坂か。』
『はい!』

覚えていてもらえただけで嬉しくて私は書類を提出した。
多分わかりやすいぐらい表情が明るくなっていたと思う。

『原田はどうした?』
『見回り中に怪しい人物がいると連絡が入って…人数が多そうだったので加勢にいきました。』
『そうか。』

書類に素早く目を通すと副長は頷いて戻って良いと言ってくれた…んだけど。
副長の背には大量の書類。あれを見てすんなり戻れる人っているんだろうか、とその時の純粋だった私は思いました。いや、今も純粋です。

『副長…あの…。』
『なんだ?今ちょっと忙しいから後で…。』
『手伝いましょうか、それ。』
『は?』
『もう今日は仕事終わりなので。事務処理はいつも皆さんのしていますから少しはお手伝いできる…かと…思ったんですが…すみません。』

あ…しまった。出過ぎた真似を!!と思ったけれど時すでに遅し。
気まずくて言葉を詰まらせてしまったけれど副長は意外な反応をしていた。
完全に固まっていた。私を見て…だ。

『副長??』
『お前…。』
『はい?』
『菩薩か何かか?』
『…は?』

あの時の副長は今でも忘れない。
というか…。


「思い出しただけで笑える!あの顔!!!!」
「うるせぇよ!何思い出してんだ!」

お腹をかかえて机をバンバン叩く私に再び副長が振り向いて雷を落とす。
目の端にたまった涙を拭いながらひーひー息をして私は副長を見つめた。
最初にお手伝いをしたときの話ですと告げると少し顔を赤らめた。思いだしたらしい。

「だって菩薩か?とか何言ってんだって話じゃないですかー!いや、私菩薩ですけどね。だから副長をください。」
「こんな煩悩だらけの菩薩がいるかぁァァ!」

あの時の副長は手伝ってくれる私が菩薩に見えたらしい。
そりゃそうだ。この屯所に手伝ってくれる人なんていないんだから。
仕事を増やす人はいるけれども。

「ってか今でも菩薩でしょ?こうやって手伝ってるじゃないですか。私が戻っちゃったら副長三徹コースですけど。いいんですか?」
「う…。」

私は書類をひらひらと顔の前で揺らす。眼の下にひどいクマを作った副長が今にも力尽きそうな目でこっちを見た。
私が見捨てるなんてありえないのに。

「でもそろそろ休憩しますか。お茶淹れてきますから少し休んでください。」
「おう。」


お茶を淹れて食道のおばちゃんにもらった饅頭をお盆に載せて部屋へ戻ると副長は力尽きたのか夢の中だった。机に突っ伏すより畳に転がったほうが体が楽なんだけどななんて思いながらお茶をそっと机に置く。

あの時はこんな風になるなんて信じられなかった。
何度も事務処理を手伝った私は今のように副長と話せるようになった。
そして思い切って告白するも即玉砕。いや、わかってたけどね。
でも私がこんなんだから副長も変わらず接してくれてるんだろうな。

ずずっと一人でお茶をすすり、事務処理にとりかかる。
副長が少しでも眠れるようにね。



あの時より確実に一緒にいるのに。

一向に距離は縮まらない。





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