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――私も連れてって。
澄んだ声がいつまでも耳に残っている。
その音であの時の景色が鮮明に浮かぶほどだ。
――十四朗さんの側にいたい…
どんな思いでその言葉を言ったのか。
普段そんなことは絶対に言わなかったであろうあいつがどんな気持ちで、どんな覚悟で。
――しらねーよ。
たった五文字で全てを終わらせた。
終わらせたつもりだった。
結局俺はあいつの幸せを願ったくせに、あいつの幸せを壊しただけだった。
側にいたら良かったのか?
いや、きっとそれも違う。いつ死ぬかわからねえ、いつでも側にいてやれるわけじゃねえ。きっと連れてきたところで放置していたに違いない。
ただ前を見て進むのも、振り向いて手を差し出すのも違うのなら…
じゃあ何が正解だったんだ?
未だにその答えは出ない。
「っ…。」
目を覚ますと山積みの書類が目前にある。
時計を見ると三十分ほど自分は寝ていたようだ。
五分ほど仮眠をとろうとしていただけなのにと思わず舌打ちをする。
それもこれも。
「あの夢か…。」
時々見るあの時の夢。まるで忘れるなと言わんばかりの記憶だ。
しばらく見ていなかったというのに…
ふと思い出すのは彼女とは違うもう一人の女の顔だった。
あいつが俺のことを追いかけてくるから、あの夢を見たのだろうか。
まるでまた試されているような、そんな気がした。
タタタと軽快な足音が響いてくる。聞きなれた足音だ。近藤さんでも総悟でも山崎でもないそれは決まってこの時間にやってくる。
ぐっと伸びをしてそれが部屋の前に到着するのを待った。きっと馬鹿でかい明るい声で俺のことを呼ぶんだろう。
決まった日常が今日も始まることにため息をつきながら瞼の裏に浮かぶ微笑みを打ち消した。
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