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「ふう…。」
小さく息を吐いた。ドクドクと心臓が鳴っているのがわかる。
私は副長室の前にいた。
銀さんと別れた後、沖田隊長と屯所に戻った私は自室に戻り仕事をしていた。
でも考えてしまうのは副長のことばかり。
どう思われたんだろう。そして今どう思っているんだろう。
でも副長にどう思われようと私の気持ちは変わらない、変わることができない。
なら。
「副長、逢坂です。」
改めてきちんと自分の思いを伝えようと思った。
「入れ。」
少し間があってから低い声が聞こえた。
「失礼します。」
一言告げてゆっくりと襖を開ける。そこには相変わらず仕事に追われた後姿があった。
ここの所書類整理の手伝いは全くしていない。彼の机の上は以前のように書類が積みあがっていた。
「どうした。」
「副長。まずはこの前の報告書です。」
「…てめえは非番だろうが。何でわざわざ仕事してやがる。」
「怪我で巡察はできなくても書類整理ぐらいはできますから。何もしないのも落ち着かなくて。」
くるりと私の方を向いた副長は書類を受け取ると机に置いた。
「…万事屋んとこでも行けばいいだろ。」
「何で銀さんのとこ行くんですか。さっきのは本当に話聞いてもらってただけです。」
何だか珍しいと思った。
普段の副長は仕事中はプライベートのことは突っ込まないというかただ淡々と仕事に関することだけを話す。なのに何で?
それにどことなく苛々しているように感じた。
「あのヤローは気にいらねえ…が、お前がいいなら別にかまわねえ。」
「副長?何の話です?」
「あいつにしろ。俺じゃなくて、あいつに。」
ガンッと殴られたような衝撃が走る。
あいつにしろ…ってどういうこと。銀さんのこと好きになってくれってこと?
「そんなに私に好かれるのは迷惑ですか。」
「そういうことじゃなくて、俺を好きになったって幸せになんてなれるわけが…。」
「見くびらないでくださいよ!」
バンッと畳を思い切り叩いた。
やっと副長と目が合う。
「そんなの誰が決めるんですか。」
「逢坂…?」
「私が幸せかどうかは私しかわからないんです。副長にだってわからないんです!!」
こんなに好きと伝えても彼には私の思いは一ミリも届いてないのか。
本当に見返りを求めて伝えているわけじゃないってこと、わかってもらえてないのか。
悔しくて悲しくて目の前がぼやけだす。
「最初は私も思ってました。好きと伝えて、いつか相手にも好きになってもらえたらって。そんな淡い気持ち、全くなかったなんて言ったら嘘です。」
誰だってそうじゃないかな。
好きな人に好きになってもらえたら、これ以上幸せなことなんてないって思ってた。
でも今は違う。
「いつからかあなたの背中を見ているだけで気持ちが満たされるようになりました。この人に刀を持ってついていくんだって、他の女の人にはできないことができると思ったら誇りになったんです。ただの女として求められたいんじゃない。代わりのいないただ一人の人間になりたかったんです。」
…死んでしまった彼女のように。
私は永遠に彼の心に残るであろう彼女を思った。
話を止めた私を副長は何も言わずにただ見つめてくれていた。
「恋すると欲張りになるらしいんです。ただ女として好きになってもらえるだけじゃ足りなくなった…でもね、副長。でもそれをこえるとね、何もいらなくなるんです。その人が笑ってたら、幸せなら何もいらない。」
それが愛するってことらしいんです。
「私が好きだ好きだ言ってたのは、明日死んじゃうかもしれないからです。副長も私もいつ死ぬかわからない。なら伝えなきゃって。きっと後悔するから。自分勝手の自己満足です。私が勝手に思ってるだけだとしてもただ最期の一秒まで貴方への思いを伝えたいから。でも私は…見返りなんていらない。副長が元気で笑ってたらそれだけで…幸せだから。」
ぐっと唇を噛んでいないと涙が落ちそうになる。
俯いて堪えていると副長が口を開いた。
「お前の言うとおり俺達はいつ死ぬかわからない。俺も明日死ぬかも知れねえ命だ。なのに…お前の気持ちに応えるなんてしていいわけがねえだろ。幸せはてめえで決めるって言うけどよ。俺が先に死んだらお前はそれでも幸せだって言うのか?」
「死にません。」
思い切り顔をあげて言いきった私に副長が目をぱちぱちとさせて口を噤んだ。
どうにか泣きそうになるのをこらえて私は言葉を続ける。
「副長は死にません。私が死なせません。絶対に守ります。」
「お前…何言ってんだ。」
意味がわからないといった表情で副長は眉間に皺をよせる。でもそれは怒りじゃない、戸惑いだ。
「そうすれば私は気持ちに応えてもらえなくても一生不幸にはなりません。間違いありません。」
「てめえの命かけて守ろうって言ってんのか?」
「私も死にません。絶対に副長より先に死にません。そうすれば私達は戦いの中で死ぬことはないでしょう?私は死んで貴方の心に残るなんてまっぴらです。」
そう言って私は立ち上がった。
副長は何を言えばいいのかわからないのか視線だけ私を追う。
「副長。」
「な…なんだ。」
「自分でもわけわからないです。矛盾していること言ってる気がします。正直パニックなんですこれでも。」
「パニックに見えねえぞ…。」
「好きです。」
「!」
一歩、一歩と彼に近づき少しだけ屈む。
両手を伸ばすとぴくりと副長が反応したが特に動こうとする様子はなかった。
頬を包むように手を伸ばし…
――パンッ
両頬を叩いた。
「いてえ!」
「何余計なこと考えてるんです。副長。」
「おまっ…いきなり何しやがる!」
「貴方は今まで通り真っすぐ前を見ていてください。」
「は?」
私が好きと言っても応えらんねえと突っぱねててくれていいんです。それが副長だから。
貴方の心に入れなくても貴方の隣にいられなくても貴方の一番近くで少しでも視界に入ってそして、
貴方の為に生きられたらそれだけで。
「振り向いてくれなくていい。いつか私があなたの前にいきますから。」
叩いてごめんなさい。と告げて私は部屋を足早に出ていった。
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