振り向いてくれなくていい | ナノ


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「怪我、大丈夫かよ?」
「うん。…休みもらったし。もしかしたらクビかもだけど。」
「なんで?」
「力不足だからかな…。」

見上げると青空で、お日様が優しく照らしてくれている。ほのぼのとした空気の中で私は銀さんとお団子を食べていた。いや、正確に言うとお団子を食べていたところに銀さんが奢れと隣に座ってきたんだけど。

副長とは犬猿の仲と聞いていたから最初はどんな人かと思ったんだけどその理由は簡単なことだった。似てるの、二人。見た目や雰囲気は違うけど根本的なところが同じなんだと思う。

あれから三日後に私は退院した。そして腕の怪我がまだ完治じゃない私はたまりにたまった有休を消化している。すでに有休五日目。
原田隊長は私を気遣い、まずは怪我を治すこと、そしてその後はすぐ仕事に戻れと言ってくれた。沖田隊長は一番隊にやたら勧誘してくる。つまり二人とも私が辞めるなんてこれっぽっちも思っていない。

副長はみんなに何も告げていないのだろうか。私が辞めると了承していないのに先に周りに言うとも思えないけれど…。
副長が私を辞めさせたいのは本当にあの時、負傷したからという理由だけなの?足手まといというのなら今までも女だからという理由でけっこう迷惑をかけていたはずだ。怪我をするのだってここにいたら当たり前のこと。だとしたら、思い当たるのは一つだけしかない。私が副長に特別な思いを抱いているからだ。それが迷惑で、今回のことはきっかけにすぎないのだとしたら。私が副長への思いを断ち切ったら…そのままいてもかまわないのかな。


私はちらりと隣を見た。
相変わらず死んだ魚のような目で人のお団子を食べている銀さん。そうだ、この人は…。

「銀さん、依頼があるんだけど」
「あー?依頼料高いよー?」

おいおい、人のお団子勝手に食べといていいますかね。そう呟くと稼いでんだろーと返される。

「わかった。私の貯金全部。」
「は?」

ガタッと長椅子からずり落ちそうになった銀さんに大丈夫?と声をかけると目をぱちぱちとさせて私を見ていた。

「お前本気?」
「私の恋を実らせる…か。」
「お前ね、それは無理無理。恋愛ごとは自分で…。」
「忘れる方法教えて。」

むちゃくちゃに叩き壊して…忘れさせてほしい。

真っすぐに銀さんを見てそう言うと彼は小さくため息をついた。頭をがしがしとかいて立ち上がる。そして私に手を差し伸べて立たせた。

「ちょーっと散歩でもどうよ。」
「うん。」

ふらふらと歩き出す銀さんに慌ててついていく。
どこに向かうとか当てがあるわけではないようだ。万事屋の方向でもない。

「何、多串君と何かあった?」
「うーん。正確に言うと何もない。いつも通り、今まで通り。私の一方通行。」
「さっき言ってたクビっていうのは?」
「それは私がミスっただけかな。」
「ふーん。」

相変わらず一歩先を歩く銀さんの表情はわからない。
だけどきっとあえてなんだろうな。そうしてくれたら私の表情も見えないから。

「どんなにがんばっても報われないことってあるじゃん。」
「まあだいたいのことがそうだろうよ、世の中甘くねえの。」
「それでいいの。背中を見ているだけで幸せだったの。」

それは本当の気持ち。
でも今は…それすら許されない気がして。

「もう駄目なんだと思う。これ以上この思いを持っていたら、ついていくことも許されないんだよ。でもね。」

沖田隊長の言うとおり、もう私は自分の存在を消さない限り、この思いを捨てることができなそうで。

「ほんと、参っちゃう。…男の人なんてたくさんいるのに。どうしてなんだろう。本当、一回死なないとだめなんかな。」
「あほか。」

くるりと銀さんが振り向く、そしておでこに衝撃。

「いたっ!本気のデコピン?!」
「たりめーだ。一回死んだら終わりだろうが。お前そんな仕事しててよく言えるな。」
「こんな仕事してるといつでも死と隣り合わせだからそこまで怖いものでもないよ。」
「…お前が死んだら、確実にヤローの心には刻まれるだろうな。」

私が死んだら…?
副長は時々思い出してくれるのだろうか?彼の心に初めて入ることができるのだろうか。
彼女のように…。

「でもお前はそんなこと絶対できねえ。」
「?」
「またあいつに女失わせるのか?」
「…私は部下だよ。そもそも隊士はいつ死ぬかわからないし。ミツバさんとは違うよ。私が死んでもそれで務めを果たせればきっと褒めてくれる。でもね、ミツバさんは違うの。彼女は副長が何よりも大切に思っていた人だから…。」

きっと永遠に彼女には敵わない。
そんなことはわかってる。

「死んだやつにはどうしたって勝てねぇし、思い出が美化されるのは定石だからな」
「うん。だから…」
「あいつ、まだ思い出にとらわれてんの?ほんとに?」
「え?」
「楓ちゃんよ、忘れるにはなぁ。他の恋をするにかぎるぜ?」
「銀さん?」

そういって銀さんは私の腕を掴みぐいっと自分に引き寄せる。

「ぎっ!?」
「黙って。」

しっと口の前に人差し指を立てた銀さんは逆の手で腰に手を回して私が下がれないようにした後、ゆっくりと顔を近づける。
話に夢中で気付かなかったけど細い通りに入って人気がなかった。

「え!?銀さん?!」

押し返そうとするのに全く敵わない。
どうしよう?どうしよう?と頭の中でめぐるのに体が動かなかった。

ぎゅっと目を瞑るとチャキっと鯉口を切る音がして後ろに体を引っ張られた。

「万事屋テメェ…。」
「副長!?」

見上げるとそこには瞳孔全開の副長が立っていて刀を銀さんにつきつけていた。

「あれー?多串君じゃん。どうしたの?刀向けんのやめてくんない?一般市民にひでえ仕打ちだな、オイ。」
「うちのもんに何してんだ。人気のないところに連れ込みやがって。」
「副長!あの、私達別に何もやましいことは…銀さんは話を聞いてくれていて…。」
「話聞くのにわざわざ抵抗する女抱きしめる必要あんのか?」
「それは…。」

ああ、副長怒ってる。
よりにもよって相手は銀さんだもんな。こそこそ話してたら何か怪しいこと企んでると思われてもしょうがない。

「何って…お前に関係あんの?別に俺たちが何しようが勝手だろ?」

銀さんの言葉に副長は言葉を詰まらせた。ゆっくりと刀を収めると掴んでいた私の腕を離し、踵を返す。

「あぁ関係ねぇよ。邪魔したな。」

追いかけなきゃ…。怪我を治すために休んでるのに何してんだって思われてる。本当なら屯所で静かに過ごすか、書類整理でもしているべきだったのに。
でも、何ていうの?

「大丈夫だよ。」
「え?」
「あいつバカで頑固だから今更どうしていいかわかんねぇんだよ。」
「?」
「それに、前と同じで…。」

考え込むように言葉を止めた銀さんを下から覗きこむ。

「銀さん?」
「まぁ大丈夫だから!あとはお前次第だな。」
「え?私!?」
「どうする?あと少し押すか?それとも銀さんにするー?」

軽い口調でまた私の腕を掴んだ銀さんの首元に後ろから刀が突き付けられていた。

「旦那、うちのもんに手出さないでくだせぇ。土方さんの機嫌がさらに悪くなりまさぁ。」
「ちょっと!何いきなり刀ぬいてんの!?てめーら、話し合いって言葉知ってる!?」

どこからか現れた沖田隊長と銀さんがギャーギャー言い合いを始めたんだけど…。
私はこれから副長にどうすればいいのか、そればかりが頭を埋め尽くしていて二人の会話が全く入ってこなかった。





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