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あの後私は巡察へ出かけた。
今日は特に平和でケンカ一つなかったものだから原田隊長とのんびり話しながら回ることができた。ほんと原田隊長は聞き役NO.1だよ、彼の相槌は私の心をするりと開いて言葉を紡がせるよ、拝みますね、原田隊長。
合掌のポーズで廊下を歩いていると向こうから話声が聞こえてきた。
(副長!!!…と、金剛さん?)
愛しの副長の声はすぐに捉える事が出来る私だけど、彼女の声まで聞きたくなかった。
だってまた二人は一緒にいる…ってことでしょう?
もうすぐ二人が目の前に来ると思うとやっぱり見たくなくて私はすぐ近くの部屋に入り少しだけ隙間を開けて外を伺った。二人が部屋の前でちょうど立ち止まる。どうやら彼女が副長を引きとめたらしい。
「…おい。」
「ひっ!!!!」
全く気配を感じなかった後ろからの声に思わず叫びそうになるが私の声は口を塞いだ掌に吸い込まれていった。
「…沖田隊長!?山崎さんも!何で!?」
「何でじゃねえ。ここは休憩室だろうが。」
「楓ちゃんいきなり入ってきたから驚いたよ…。」
誰もいないという思い込み怖い。二人の人間が視界に入らなかったなんて…。いや、さすがに二人が普通に休憩していたら気付いたはずなんだけど…。
それにしても今隊長は巡察のはずですからね、確実にサボりじゃないですか。
「あの女まだうろちょろ絡んでるのか。」
「もしかしてお二人とも、こっそり隠れてました?」
「何のことかなー?」
真顔で隙間から廊下を覗いている沖田隊長と対照的な表情の山崎さん。
どうやら図星のようだけど何で隠れてたんだろう?副長から逃げてたのかな?
「それにしても行動で好意を示してはいるが口に出さねえところがしたたかだな。」
「だいたいの男ならとっくに落ちてますよね、あの見た目ですから。」
「ひぃ!やっぱりそうですか!?弱いですかああいうタイプ!!!」
「うるせー。でけえ声だすな。」
三人でチラチラと廊下を覗きながら会話をする。
よく聞こえてないな…あの二人も会話しているからかな。
「逢坂さんのことなんです。」
「逢坂?」
突然自分の名前が彼女の口から出てきて心臓が跳ねた。
沖田隊長も山崎さんも目をぱちぱちとさせている。
「実は…先ほど仕事のことで強く言われてしまって…。私のことが嫌いなのでしょうか?」
「あいつがそんな風に思っているとは思えねえが?」
「私もそう思っていました。でも…。」
そう告げる彼女の声は悲しそうで…表情は見えないが泣いているのかもしれない。どうしよう。でも彼女に仕事のことを言ったのは事実だ。もしかしたら私の心のどこかで彼女のことが嫌でそれが表に出てたのかもしれない。受け取る側がどう思うかが問題なんだ。
副長が何て言うのか聞きたくなかった。もし注意しておくとでも言われたら辛くて顔も合わせたくない。だって私が嫉妬して彼女に当たっているみたいじゃないか。そんな風に思われるなんて耐えられないよ。
「あいつが仕事に厳しいのは当たり前だ。」
「え?」
「俺たちがそうなるように育ててんだ。でもな、あいつは仕事には厳しくても人に必要以上に強く当たるようなことする人間じゃねえんだよ。」
予想外の言葉に瞬きをすることも忘れた。山崎さんは良かったねと微笑んでくれているし沖田隊長はアホ面と一言呟いた。そしてさらに続ける。
「あの女…ミイラとりがミイラになったな。」
「ミイラ??」
「私…あの時守ってもらえて好きになったんです!この気持ちを持っていてはだめですか?」
襖の向こうから金剛さんの声がさっきよりはっきりと響いてきた。…って告白ゥゥゥ!?
「ここに何しに来てんだ。男漁りなら辞めろ。」
「かっ彼女だって…毎日のように副長に思いを告げているじゃないですか…。それでもあなたはあの時私を…。」
告白に慌てふためく私をよそに副長はそれを一蹴した。嬉しいと思う暇もなく彼女は私のことを出す。さらにあの時ときっと助けてもらった時のことを言っているのだろう。
「あいつは仕事に私情は持ち込まねえぞ。それに市民を守るのが俺たちの仕事だ。あいつに近かったのが総悟でお前に一番近かったのが俺だった。だから助けたそれだけだ。勘違いすんな。」
「っ…。」
襖から覗いていた景色が歪んだ。
「…泣きながら喜ぶバカなかなかいねェや。」
ぺしっと軽く頭を叩かれたがそんなの気にもならない。
だって私、副長に認めてもらえた…それにわかっていたことだけど改めて副長の口から彼女を守ったことが仕事だからと言われると安心感が違うんだ。
「…よし。きたきた!沖田隊長、連絡きましたよ。副長にワンコールしますね。」
「へいへい。」
「え?何がきたんです??」
いきなり山崎さんが携帯をいじりだしたかと思うとどこから取り出したのか書類やら写真やらが詰まったファイルを持って沖田隊長に告げる。襖の隙間から除くと副長はポケットから携帯を取り出した。…これ、後ろの山崎さんがかけてるんだよね?
「まぁただの市民だったらそれで良かったんだがな…お前、それも芝居なんだろ?もう調べはついてんだよ。」
ん?…芝居?
「おい、総悟、山崎。」
「遅ェよ土方ァーさっさと呼び出せよ土方ァー。」
「副長!やはりその人、繋がってましたよ攘夷浪士と!!!」
副長の呼びかけに二人は襖を開けて廊下へと出る。山崎さんの持つファイルの写真にはどれも金剛さんが写っている…ガラの悪そうな人達と一緒だ。携帯メールによるとどうやら監察が裏をとってきたらしい。
「え?あの、つまりそういうこと??」
「…何でお前までいやがる…。」
二人の後ろで慌てていると私に気付いた副長が頭を抱えていた。山崎さんが金剛さんの腕を掴むと「ちょっと聴取室に来てね。」と微笑んでいた。あれは逆に怖い。沖田隊長は黙って後に続いていた。まぁさすがに女の人に拷問とかはしないだろうけど組み合わせが組み合わせなだけに不安になる。っていうか…。
「あの…金剛さん、間者ですか??」
「気付いて二人といたわけじゃねえのかやっぱり。」
「はい…。」
「この前の爆発事件も設置したのはどうやらあいつらしい。道理で俺達のいたテーブルに仕掛けられていたわけだ。攘夷浪士と繋がっている可能性には気付いていたから泳がせておいた…おかげで一斉検挙できそうだ。」
煙草に火をつけ紫煙を庭に向けて吐きだす横顔に思わず目を奪われる。この人はいつから気付いていたんだろう。きっと誰よりも早かったんだろうな。
「ま、俺にハニートラップでも仕掛けるつもりだったんだろうな。」
「はっハニートラップ!!!破廉恥ですね!副長!」
「あほか。ひっかかってねえ。それに向こうも芝居だろうが。」
芝居…かな。私、最後は彼女も本当に好きになっていたんじゃないかって思うんだけど。だって彼女の私を見る目は確実に嫉妬していた気がするから。
「わかりました…私もハニートラップ作戦で副長に向かおうと思います。」
「何がわかっただ!!!物騒な作戦ひっさげて近づいてくんな!!!」
「またまたー。大丈夫です。ちゃんとリサーチします。私には軍神がついてます。」
「…とりあえずろくなもんがついていねえことだけは理解した…。」
頭を抱えていた副長が私と目が合うと少しだけフッと微笑んだから、私は嬉しくなって顔が自然と緩んだ。
ああ、どんなに落ち込んでも、どんなに心をかき乱されても、結局こうやって笑っている。
常に私の中心は、副長なんだ。
そう改めて思った午後だった。
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