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「相変わらずダイエットの強い味方です…副長。」
「あ?」
目の前には土方スペシャル(通常より三割増し)、そして涼しい顔をしてそれを腹に収めていく副長の食べっぷりはもちろん素敵なんだけどこちらの食欲は反比例するから不思議だ。
「…土方さん、犬の餌は外で食ってくだせェよ、犬らしく。」
「ああ!?総悟てめえ今何て言った!?」
「もうお二人とも、食事中はお静かに!!!」
私の隣に座っていた隊長も食欲が落ちたのか、一度箸を置いてお茶をすすっていた。
無理もない、慣れているとはいえこれは…。
「ったく、あのクソアマ。」
「隊長。」
小さな声で沖田隊長が呟いたのをすぐに制した。
そんな私を見た隊長は「はぁ…。」とこれみよがしにため息をつく。
「お前も思ってるだろうが。」
「いいえ。そんなことは思いません。」
「あれ?そんなことって何でィ?俺はどう思っているとは一言も言ってませんぜ?へー俺と同じこと考えてたととって良いんですかねェ???」
「ぐっ…わっわざとらし!!!」
「はっ。何とでも言え。やっぱりお前も思ってんじゃねえか。あの女うぜ…。」
「ぎゃーーーー!隊長声でかい!!!」
「いや、お前がうるせえ!何さっきからコソコソコソコソ話してんだお前ら!!」
私と隊長のやりとりに我慢の限界がきたのか副長が声を荒げた。
目の前の彼を見るとすでに食事を終えていてお茶も飲みほしていた。
「土方さんの犬の餌がうざすぎるんでマヨネーズを生クリームもしくは毒薬にいつ変えてやろうかの話し合いでィ。邪魔しないでくだせェ。」
「何本人の目の前で殺害計画たててくれちゃってんのォォォ!?」
「ふっ副長!先ほど頼まれていた書類を部屋に届けておいたので確認してくださぁぁぁい!!!」
私はこれ以上副長のイライラを募らせないため、部屋へ戻るよう促すと彼はチッと舌打ちをして立ちあがった。
食器を戻しに行った副長を目で追うと…そこには彼女がいた。金剛さんだ。
「あの女、わかりやすいぐらいあれからちょっかい出してますねィ…マヨネーズ大盛りが良い例だ。」
「そうですか?まぁ仕方ないですよ、副長はもてますもん。今に始まったことじゃないですもん。自然の摂理ですもん。」
「もんもんもんもんうるせえよ。気持ち悪ィな。お前あれどうにかしろ。」
「え?私!?」
「他に誰がいるんでィ。」
いつの間にか隊長も食べ終わったのかお茶を一気に飲むと立ち上がった。
私も慌ててお茶を飲み干し後に続く。
食堂を出て廊下を歩いている途中、隊長がふと呟いた。
「目障りなんだよ、あの女。俺にまで色々聞きにきやがる。」
「!?な…何を!?」
「そりゃあのヤローの好きなものやら好みのタイプやらありとあらゆることでィ。」
「ひぃ!!隊長まさか答えたんじゃ!!!」
「当たり前だろィ?」
くるりとこちらを振り返り口角を上げて笑う隊長に思わず掴みかかった。
「なっなっなんてことぉー!!!敵に塩を送るなんてあなた上杉謙信ですかァァァ!」
「おーいいなそれ。軍神と呼びなせェ。」
「いくらでも呼ぶんで私にも教えてくださいよォォォ!まずは好みのタイプから!!」
「お前らさっさと仕事に戻りやがれ!!!」
後ろからの怒鳴り声に思わず肩を震わせる。ゆっくり振り向くと書類を手にした副長がこめかみをぴくぴくさせながら私達を見ていた。それだけならいつもの光景なのだが今日は違う。副長の後ろには金剛さんが立っていた。私達を見て微笑んでいる。
「仲がよろしいですね、お二人は。」
「あ…えっと。」
「逢坂。この書類、訂正してもらいたいところがある。なおしたらすぐに持ってきてくれ。」
そう言うと副長は訂正個所を指さし私に書類を渡した。
はいと答える前に副長の腕を彼女が掴む。
「土方副長。それで先ほどの件ですが…。」
「あ?あーそうだな。お偉いさん達来るのは夕方だからそれまでに用意しといてくれ。和菓子なら何でも大丈夫だ。」
「はい。わかりました。」
すっと私の横を二人が通り過ぎる。
振り向くこともできず、書類を両手で持ち目の前の空間を見ている私を動かしたのは肩に置かれた沖田隊長の手だった。
「さっさとそれ直して持っていったほうがいいんじゃねえの?」
「…はっはい!!」
私は慌てて自室に戻り、書類の書き直しを始めることにした…のだけど。
簡単な作業なはずなのに手が動かない。
彼女はきっと夕方に来る幕府のお偉方の為に茶菓子を用意してくれとでも言われたんだろう。女中さんだからそれぐらいはあり得る。でも…。
明らかに彼女と副長が一緒にいる姿を見る回数が増えた。
隊士達の中にはもう二人は付き合ってるんじゃないかと言っている人さえいるぐらい。
さすがにそれはないとわかってはいるけれど…。
「ああああ!書類に集中!!!」
訂正個所は意外と少なく、すぐに直すと私は副長室に向かった。
「逢坂さん。」
「あ…。」
副長の部屋まで後少し…といったところで私は金剛さんと出くわした。
彼女は今まで副長の部屋にいたのだろうか?
そう思うと胸がまた苦しくなる。
「お疲れ様です。」
「いえ、そちらこそ。…あ、金剛さん。」
歩きだす彼女の背中に声をかけた。
十番隊の隊服をいくつか繕ってもらうよう言っていたことを思い出したからだ。
午後の巡察に必要だと原田隊長が言っていたけれど誰かちゃんと覚えていて取りに行ったのだろうか。
「十番隊がお願いしていた繕い物、終わってます??」
「いえ、あと少しです。」
「そうですか。三時までにできますかね?」
「…これから茶菓子を買いにいかないと…。」
きっとさっきの会話の件だろう。でもあれは確か夕方までに用意できれば良かったはずだ。ということは十番隊の隊服を優先すべきだろう。
「あのー…それ、夕方までですよね?隊服のほうを先にお願いできますか?もし人出が足りないなら他の女中さんにも伝えて…。」
「でも、副長に頼まれてますので…。」
「はい。知ってますよ。でもそれは後でも大丈夫じゃないかなーと。なんなら今から副長の確認してきますから…。」
「いえ!あの…自分で確認しますから。すみませんでした。」
そう言うと彼女は足早に去ってしまった。
あれ…私、間違ってないよね?大丈夫だよね…?
なんとなく心にもやもやとしたものを残しつつ、そのまま副長の部屋へと歩き始めた。
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