あれから私と藤堂君は挨拶以外にも話すようになった。
藤堂君と一緒にいると自然と友達が増えていって…。
私は毎日が楽しくなった。
でも。
仲良くなればなるほど、彼の思いもわかるから。
私は毎日が切なくなった。






―君の背中―






 「どう?お前は進展あり?」


 「え?…ううん。」


 「そっかあ。日下大人しいからな。もっとぐいぐい喋っちゃえばいいんだって!」


そう言って藤堂君は笑うとパックの牛乳を飲みほした。
その横で沖田君が苦笑いしながらパンを食べている。


 「あのね、平助君。みんながみんな平助君みたいに人懐っこいわけじゃないんだよ。人には人のペースがあるの。相手が積極的な女の子が苦手かもしれないじゃない。」


 「でも話さないと仲良くなれないじゃん。」


 「そもそも、自分だってたいして進展してないんだから、人のこと言えないでしょ。」


 「う…。」


 「あはは…。」


時々私は藤堂君や沖田君と一緒にご飯を食べるようになった。
三人で食べるときは大抵屋上だ。
雪村さんは他のクラスの千ちゃんという子とお昼は一緒に食べているらしくここには加わらないようだ。
藤堂君が雪村さんを好きな事は沖田君も知っているらしい。
こうして何か進展したかなんて報告をし合うんだけど…。
何も報告できることなんてない。


 「あ、そういえば午後席替えするらしいよ。近くなるといいね。」


 「え?そうなの?」


 「うん…。先生が席替えするって言ってたよ?」


 「まあ平助君は聞いてないと思うけど。…寝てて。」


沖田君が話題を変えると私たちは席替えの話に夢中になった。
別にクラスメイトが変わるわけでもないのにいつもドキドキしてしまう。


席…。
近くなると良いな。


そんなことを考えていると沖田君の声が聞こえた。


 「あーあ。僕一番後ろがいいな。窓側の。」


 「そこ俺も狙ってるし!」


 「奈緒ちゃんは?どこがいいの?」


 「え?」


どこがいいなんて聞かれても…。
正直に答えられるはずもなくて。


 「私も…後ろの方が良いな。」


精一杯の答えだった。
すると二人は少し驚いたような顔をする。
そんなに私が後ろが良いって言うのは珍しいのかな。


 「へえ。真面目な奈緒ちゃんは後ろなんて狙わないと思ってたよ。」


 「ああ、俺も。でもさ!」


 「え?」


 「席、近くなれるといいな!」


そう言ってにっこり笑った藤堂君にドクンと胸がはねた。
こうしてよく話せるようになってから、少しは慣れてきたと思ったのに。
やっぱりこの笑顔にはいつもドキドキしてしまう。
顔が赤くないか不安になりながらもなんとかうんと返事をした。


 「席が近いと教室でもご飯食べやすいよね。そろそろ寒くなるし。」


 「沖田君寒がりだもんね。」


沖田君がカーディガンの袖を伸ばして手をなるべく隠そうとする。
確かにそろそろ屋上で食べるのは辛くなりそうだ。
風が冷たい。


 「まあね。…あ、奈緒ちゃん。僕のことは総司でいいよ。僕も名前で呼んでるんだし。」


 「え?うん。わかった。総司君。」


 「俺も俺も!平助でいいよ!みんなそう呼ぶしさ。」


 「…へ…平助君?」


 「ああ。俺も奈緒って呼ぶな!」



私はちゃんと平静を装えたのだろうか。
心臓の音がやけに響いて、目の前の二人にも聞こえてるんじゃないかと不安になる。


 「さて、そろそろ戻る?平助君が廊下側の一番前とかになったら笑えるんだけどなあ。」


 「やめろよー!縁起でもねえ!」


 「あははっ。みんな後ろだといいね。」


そう言って笑いながら教室へ戻った。


午後のチャイムが鳴ってすぐに席替えをすることになり、私はくじをひくと黒板の文字を確認する。


 (本当に後ろだ…。)


窓側の一番後ろ。
どうやらそこが私の席らしい。
自分の机を移動して座っていると前から聞きなれた声がした。


 「あ。奈緒ちゃんだ。本当に近くなったね。」


 「総司君!」


良かった。
総司君なら話しやすいもん。
私は教室中を見渡して平助君の姿を探す。


 「おお!すげえ!本当に近いじゃん!!!」


 「平助君…。」


 「なーんだ。平助君は一番前ってオチが良かったのに。」


私の右側。
そこが彼の席らしい。
これから毎日隣に平助君がいるって思うと嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになった。


 「よろし…。」


 「あ。平助君、隣だ。よろしくね??」


 「千鶴!」


私が返事をする瞬間。
少し高めの綺麗な声がおりてきた。
平助君の向こう側には雪村さんの姿がある。
彼女が平助君の右の席なんだと認識した瞬間、さっきまでの気持ちは全部消えていった。


雪村さんが座ると平助君はくるりとこちら側に背を向けて彼女に何か話しかけていた。
彼女も楽しそうにその話を聞いている。


彼女にヤキモチを妬くのは筋違いだ。
彼女は彼女で土方先輩のことが好きで、別に平助君の気持ちを弄んでいるわけじゃない。


みんながみんな。
ただ誰かを好きなだけ。


だけど。


苦しくなって私は前を向いた。
するとこっちを向いていた総司君からため息が聞こえる。

 「総司君?」


 「…ごめんね。」


 「何が?」


 「鈍いのは今に始まったことじゃないんだけど。…辛くなったら言ってよ。」


そう言って総司君は困ったように笑った。
つまり彼は…私の気持ち…を。

 「ええ!?」


 「だってわかりやすいよ。奈緒ちゃん。」


クスクス笑っている総司君に何も言えなくて。


 「ほら、早く席つけー!他にも決めたいことあるんだからよ!!!」


という永倉先生の声に総司君は前を向いた。
私は何も言い返せないまま…。


ちらりと右側を見れば、まだ平助君は雪村さんに何か話しているようだった。


君の背中を何度見る



あなたの顔が見えなくても、
きっと笑顔なことはわかってしまう。





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