「日下…?」

彼の声に体が固まった。
立ち上がることも、声を出すこともできなくて。
私達は互いに目を丸くして見つめあっていた。




―片思い同盟―



 「どうしたの?お前。…そこ、俺の席なんだけど…?」


 「ごっ…ごめんなさ…。」


きょとんとした顔で私に質問してきた藤堂君に思わず立ち上がり、大きな声で謝った。
すると彼は顔の前でぶんぶんと両手を振り、焦ったように私に言う。

 「ああ!いや、違うって!別に嫌だとかそういうことじゃなくて!!」

そのまま私の所へ来ると、前の席に座る。



 「座ってて全然かまわないんだけどさ。なんでかなーって思っただけで…。」


 「あ…あの…。」


咄嗟にいい返しが浮かばない。
目をキョロキョロさせながら戸惑っていると藤堂君が首を傾げて窓の外を見た。


 「あ、もしかして…外見てた?」


 「え?」


 「ここ、よく見えるだろ?グラウンド。」


 「あ…うん!そう!つい…。」


 「ははっ!お前の席廊下のほうだもんなー。」


私のこと、知っててくれたんだ。
そう思っただけで顔が少し熱くなる。


 「もしかして、好きな奴でもいる?」

ニッと笑って聞いてくる彼にドクンと胸が鳴る。
さらに顔の熱が追加されたようで多分私の顔はもう真っ赤だと思う。

 「あ!図星だろー。顔赤いぜ?」

楽しそうに話す藤堂君。

挨拶したり、誰かと一緒なら話したことはあったけどこんな風に二人で話せたのはもしかしたら初めてかもしれない。

だけど…。
私が藤堂君を好きだなんて思っていないんだろうな。

 「ち…違うよ!グラウンドにはいないから!」


勘違いされるのも嫌で思わずそう言うと

 「へえ…でも好きな人はいるんだな?」

なんてすかさず返された。
うっと言葉に詰まる私に藤堂君はくっと笑いをかみころした。


 「日下わかりやすっ。」


そしてまた言葉に詰まる私に藤堂君はこらえきれないとばかりに笑い始めた。


 「日下の好きな人ってどんな奴なの?」


 「え?」


 「いや、なんとなーく気になって。」


 「そっそれは…。」


 「でもお前わかりやすそうだしなぁ。見てればわかるんかな?」


見てれば…わかるよ。
何度も視線がぶつかると思うから。

まさかそんなことも言えないし。
なんだか少しだけ悔しくて。


 「藤堂君も…好きな人いるじゃん。」


と、思わず反撃をしてしまう。


 「え!?」

形勢逆転。
今度は藤堂君が顔を赤くした。
ガタンと大きく椅子が音を立てる。


 「お…お前…なんで…。」


 「雪村さん…だよね?」


 「なっ!!」


好きな人どころか名前まで当てられたことにかなり動揺しているのか、藤堂君はさらに顔を赤くして口元を手で押さえている。


 「何で…?」

 
 「なんとなく…。」


まさかずっと見ていたからとは言えなくて。
でも藤堂君は諦めたのかふうと深呼吸をすると少し落ち込んだように肩を落とす。


 「まあ…その通りだけど。そんなに俺わかりやすいかな…。」

 
 「いや、そんなことないよ?」


 「でも日下に気付かれてるじゃん。」


 「あはは…。」


 「ま、でも俺はだめなんだけどなー。完全に片思いだからさ。」


知ってるよ。
藤堂君の視線の先を時々見ていて気がついたこと。
雪村さんは、三年生の土方先輩に恋をしているみたいだった。


 「藤堂君…。」

 
 「あ!日下はがんばれよ!?俺、応援するし!!片思い同士、相談ならいくらでものるからさ!!!」


藤堂君はお日様みたいな笑顔で私に言ってくれる。
その笑顔が切なくて、私は少し苦しくなった。
だって、自分を見ているみたいだから。


 「平助君!みんな待ってるよー?」


ドアが開く音がして、声の方を見るとそこには雪村さんが立っていた。
ちょうど話していた人物だっただけに私も藤堂君も少しだけ焦る。


 「あ、俺忘れ物とりにきたんだった。部活行ってくる!」

藤堂君は剣道部だ。
そして…雪村さんは剣道部のマネージャーだった。
わざわざ迎えに来てくれたんだもん。きっと藤堂君嬉しいよね。

そんなことを考えていた私のおでこに藤堂君が軽くでこぴんをしてきた。


 「俺の特等席!いつでも貸してやるよ。」


 「え?」


 「お前にだけ特別な!!」


そう言って彼は笑顔になると荷物を持って立ち上がる。
私に手を振りながら雪村さんのところへ行き、二人で楽しそうに出て行った。



そして結んだ片思い同盟



どうしようもなく苦しいのに
【特別】という言葉に喜んでしまう。
私は単純な大馬鹿だ。






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