※平助視点
あれから俺と奈緒の間に何か壁を感じる。
もちろん隣の席だから挨拶もするし、総司もいれば三人で笑って会話もする。
二人きりでも今まで通りだと思う。
だけど、なんだかあいつが遠くに感じた。
―気がつけば―
遠くに感じる…っていうのはどういうことだろう。
自分で思ったくせにいまいち理解ができない。
話すし、この前のように帰りに寄り道したりもする。
ああ、そうか。
俺が今まで自然にやってたから気付かなかったけど。
多分手を伸ばしても届かないからだ。
頭を撫でるとか、肩を叩くとか。
そういう動作を自然と避けられている気がする。
そして俺が何か気遣うと悲しいような苦しいような顔をするんだ。
俺、何かしたんかな。
「さあ。自分の胸に聞いてみたら?」
「つめてぇよな総司。総司は見てて何か思うか?」
休み時間。奈緒がいない時を狙って俺は総司に相談をした。
最近奈緒がおかしくないか、俺が避けられている気がするのは気のせいか。
俺の相談を総司はのんびり窓の外なんて眺めながら聞いていた。
「何かって。」
「え?いや、俺が何か悪いこと言ったとかしたとか。もしくは奈緒に何かあったとか?」
「さあ。別に奈緒ちゃんに特別何かあったとは思わないし、平助君も今まで通りだったと思うよ。ほんと、何も変わってない。」
「じゃあ俺の気のせい…かな。」
「そうでもないんじゃない。」
「ええ!?なんだよ、お前知ってるなら教えてくれよ!」
答えを知っているのに知らないふりをしているような総司の態度に苛々してくる。
人が真剣に悩んでるっていうのに。
「じゃあ平助君自身は?最近何かあった?」
「俺?別にないけど?」
「…平助君。もうふっきれたの?千鶴ちゃん。」
「え?」
千鶴のこと?
千鶴への恋が終わってまだ二ヶ月ぐらいだ。
そりゃ時々目で追うことはあるけど。
今のこの気持ちは恋なのかと聞かれてもよくわからない。
そんなすぐに思いは消えないと思ってはいるけれど。
多分、前ほど辛くはない。
「最近千鶴ちゃんが土方さんの話をしても、辛い顔してないし。千鶴ちゃんの方を向く回数も減ったしね。」
「え?」
総司が言っているのは今の席の話だろう。
俺が千鶴と話していると自然と総司達に背を向けることになる。
「ま、それはそれでいいんじゃない。いつまでも引きずってるわけにもいかないし。で、奈緒ちゃんのことだっけ?」
総司はやっと視線を俺に向けると体ごとこちらを向けてきた。
「単刀直入に聞くけどさ。それ知って平助君はどうするわけ?」
「は?」
「だから。奈緒ちゃんに何かあったのかとか。自分が何か悪いこと言ったのかとか。」
「そりゃ…なんか悲しませるようなことしてたら謝りたいし…。」
一度だけ奈緒に俺が何かしちゃったか聞いたことがあった。
でもあいつは笑って否定するだけ。
だけどぎこちなさは消えない。
「ふーん。僕が思うに、平助君は何も悪いことしてないよ。」
「ほんとか!?」
「うん。で、奈緒ちゃんに何かあったか知りたいんだっけ?」
「ああ。」
「何で?」
「え?何でって…そりゃ何かあったら助けになりたいじゃん。」
「どうして?別に平助君じゃなくたって僕だっていいわけでしょ?助けるのは。どうして平助君がそこまで知りたいのさ。」
「それは…。」
どうしてって。
奈緒が困ってたら、悩んでたら助けてやりたいと思うじゃん。
だって…あれ?だってなんだ?
「僕が奈緒ちゃんの悩み事は聞いてあげるからさ。平助君は今まで通り接してればいいんじゃない?」
「それは…嫌だ。」
「どうして?」
「あいつが…。」
あいつが苦しんでるとか悲しんでるとか。
そんな顔、見たくないから。
大人しいけど優しくて。
しっかりしてるけどどっかぬけてて。
あいつは俺の恋、いつも応援してくれてたんだ。
そんなあいつに俺は何もしてあげられてない。
「あいつが悲しむのは嫌なんだ。」
「平助君。それってさ、世間一般に何て言うか知ってる?」
「え?」
総司が紡いだ言葉に俺は目を丸くする。
「あ。奈緒ちゃん、おかえりー。」
「ただいまー。どうしたの?二人で何の話??」
「今度また三人でカラオケ行こうって話。」
「いいね。行こう行こう。…平助君?どうしたの?」
「え!?あ…何でもない。」
「変なの。」
そう言って奈緒は自分の席に座ると総司と楽しそうに話を始めた。
俺はそんな二人を黙って見ていることしかできなかった。
「あ、僕少し用があるからさ。二人で先にカラオケ行ってて。」
そう言うと総司は自分の荷物を持って教室を出ていった。
放課後、早速三人でカラオケに行くことになり、俺と奈緒も帰り支度をする。
教室には他に誰もいなくて、二人きりの空間がやけに緊張させた。
「な…何歌おっかなー。」
「平助君の好きなアーティスト、新曲でてたね。」
「あ、ああ!でもまだあれは歌えねえな。練習できてないし。」
「ふふっ。カラオケで練習すればいいんじゃないの?」
「だけど音とか思い切り外したら恥ずかしいじゃん!」
「大丈夫だよー。平助君上手だから。」
あ。今の奈緒は普通に笑ってる。
今ならもう一度聞けるかな。
「あのさ。奈緒。」
「んー?」
「俺、何かした?」
「え?もう、この前も言ったけど平助君何もしてな…。」
「じゃあ何かあったのか?なんか…この前から変な気がするんだ。俺、お前が悲しそうな顔してるの見たくないし…。お前の恋も応援できたら…。」
応援…。
奈緒がもしもそいつと付き合えたら。
きっと幸せになって、よく笑うんだろう。
でも、俺達は今までみたいには一緒にいられなくて。
あれ?
俺、今…。
少し嫌だと思った?
「平助君…。」
言葉を詰まらせた俺を奈緒が呼びかける。
ああ。まただ。
また苦しそうな顔になる。
お前のそんな顔見たくねえよ。
「私ね…。」
「ん?」
「私、平助君が好きなの。」
静かな教室に沈黙が訪れる。
まるで時が止まったように感じた。
今、何て言った?
奈緒が俺のことを好き?
「それって…。」
「練習じゃないよ。本当に…好き。」
真っすぐに見つめてくる奈緒に心臓が跳ねた。
この前とは違う。
練習でも何でもない、真っすぐに心に響く言葉。
俺のことを…好き?
だってお前、ずっと俺の相談に乗ってくれて。
俺の背中を押してくれてたじゃん。
――好きな人には好きな人がいる。
それって…俺のことだったのかよ。
俺はお前に、
どれだけしんどい思いをさせてたんだろう。
そんなの俺自身が、
一番よくわかってるくせに。
千鶴への恋を頑張れたのも。
そしてまたそれを乗り越えようとしているのも。
俺一人の力じゃない。
気がつけば君が居た
自分の気持ちはまだよくわからないけど。
でも、俺。
お前の泣いている顔は見たくない。
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