「え…?」
「こ…こんな感じで良いのかな?本番も。」
「あ…ああ!ばっちりだろ!ってかお前、俺の名前で言うなってー!!びっくりしたじゃん!!」
そう言って笑った平助君は再び歩き出した。
私も一緒に並んで歩き出す。
びっくりした?
他にはどう思ったんだろう。
私がごまかさなかったら。
どんな結果になっていたの?
―触れないで優しくしないで―
告白の練習をしてからも私達は今まで通りだった。
片思いが終わった平助君、思いを伝えられない私。
私達の会話の内容も自然と恋愛のことは減っていった。
授業のことや部活のこと、昨日見たテレビのこと。
たわいもないことを話すようになったんだ。
「でさーあの芸人が…。」
「私も好き!おもしろいよね。」
「そうそう!」
休み時間も隣の席ということもあって私たちはずっと話している。
時々前の席の総司君も参加していて、私達の席はいつもにぎやかだった。
「あ、そういえばさ。駅前にジェラート専門店できたよな?」
「うん。人気らしいね。奈緒ちゃん食べた?」
「まだ…。」
「じゃあ今日の放課後行こうぜー!!」
「あー僕はだめ。一君と用があるんだよね。」
「えー。じゃあ奈緒行こうぜ?」
「あ…。うん。」
あ。
これデートみたい。
思わず驚いて少し返事に間があいたのを平助君も感じ取ったのか、私の方を見て大丈夫かと確認してくる。
「もちろん、大丈夫だよ?」
「ほんとに大丈夫か?…あ。俺と一緒に帰ってるところ、好きな奴に見られたらまずいよな?」
「え?」
頭に手をあててばつの悪そうな顔をした平助君に思わず声がでてしまう。
「ごめん、俺何も考えてなくて…。」
「平助君。奈緒ちゃんが大丈夫って言ってるんだからいいじゃない。帰り道に買い食いしてることなんて別に友達でもよくあるでしょ?」
総司君が淡々と言うと平助君はそうか?と私の方を向いた。
「うん。行きたいな。アイス好きだし。」
「よっし!じゃあ行こうぜー!」
そう言って笑う彼に、私はうまく笑えたのかな?
昼休み、課題を出し忘れた平助君はご飯を食べ終わると職員室へと走っていった。
早くいかないと課題をさらにだされるから焦ってるんだろう。
私と総司君は窓の外をぼんやりと眺めながらたわいもない話をしていた。
「ねえ、奈緒ちゃん。」
「どうしたの?総司君。」
「大丈夫?」
「…。」
お互い視線はそのまま外で。
きっと私達の声は他の子には聞こえていない。
「総司君。やっぱりどんなに思っていても…報われないことってあるよね。」
「ほとんどの恋が報われないんじゃないかな。きっと数を数えたら。」
「ふふっ。そうだよね。」
「だけどさ、まだ奈緒ちゃんは諦めるべきじゃないよ。」
「え?」
「だって、まだ何もしてないじゃない。あんな鈍い子を好きになっちゃったんだから、大げさなぐらい伝えなきゃ。」
「でも…。」
「当たって砕けたら、僕が慰めてあげるから。」
「ありがとう。総司君。」
(君も相当鈍いけどね。)
総司君の言うとおり。
私はまだ何もしてないんだ。
だけど…。
平助君は私の気持ちにこれっぽっちも気づいていない。
一緒にいられることは嬉しいんだけど。
最近はそれと同じぐらい苦しくて。
時々おかしくなりそうなの。
「…・奈緒。奈緒?」
「え?」
「わわわっ!お前!とけてるとけてる!」
「ええ!?」
ぽたりとチョコのジェラートが制服のスカートを汚す前に平助君の手に落ちた。
慌ててまだ溶け落ちようとしている部分をスプーンで掬い、口に運ぶ。
平助君も手に落ちたジェラートをぺろりと舐めた。
駅前のジェラート専門店で私と平助君は好きな種類を頼むと近くの公園のベンチに座って食べていた。
「ごめん。平助君。…はい、ティッシュ。」
「大丈夫だって。良かったな、制服に落ちなくて。」
「うん。危なかったー。」
「…どうかしたか?さっきからぼーっとしてるけど。」
ぱくりと抹茶のジェラートを口に運びながら平助君は聞いてくる。
何も言えずじっと見ていると何か思ったのか平助君はスプーンでジェラートを掬い差し出してきた。
「え?」
「食べたいんじゃねぇの?」
「ちっ違う…。」
「見てたからさ。あ、でもこれ美味いぜ。食べてみろよ。」
食べてみろって…。
これ…平助君が食べてたやつだよね?
その…あの…間接キ…ああ、やめよう。考えすぎだよ私。
おそるおそる差し出されたスプーンを口に含むと少しほろ苦い味が広がった。
「美味しい。」
「だろ!?あ、俺もチョコ食べたいなー。いい?」
「うん。」
私はてっきり平助君が自分でジェラートを掬うと思っていたんだけど。
彼は口をあけて待っている。
これ…私があげなきゃいけないんだよね?
ドキドキしながらスプーンでジェラートを掬い、彼の口に放り込む。
「うめー!チョコも迷ったんだよなー。」
「いろんな味あったもんね。」
顔が赤くなってないかな。
ドキドキしているのを隠すように会話を続けた。
「全部食べてみたいよな。また来ようぜ!」
「うん。」
また…なんて。
またこうして二人でいられるのかな。
そうだったら嬉しいな。
私たちは食べ終わった後も少しだけベンチに座って話をしていた。
「あ、奈緒。チョコついてんぞ。」
「え?」
私の頬を平助君が指でなぞる。
その感触に一気に顔に熱が集まった。
「とーれた。」
「ありが…と。」
「どういたしまして。お前ってしっかりしてるけどどっかぬけてるよなー。」
「そうかな?」
「でもそこがいいとこだよな!お前のことたくさん知ってもらえればさ。きっと好きな奴もお前のこと好きになるよ。俺が保証する!」
「…。」
「奈緒?」
俺が保証する…か。
やっぱり平助君は私の気持ち、気付いてないよね。
それどころか、自分のことを好きになるだなんて全く思っていない。
それはつまり、私のことは…そういう対象じゃないんだよね。
顔の熱はそのまま目に移ったようだ。
少しずつ歪んでいく視界。
鼻の奥がつんとして、もうすぐ涙が落ちることを告げていた。
「奈緒!?」
「私…。」
「だ…大丈夫だって!自信もてよ!お前すげえ良い奴なんだからさ!」
違うよ。平助君。
私がそう言えないから。
平助君は困ったように私を励まし続けた。
「お前可愛いし、素直だし、しっかりしてるし!俺が知ってる友達の中で一番良い子だと思うからさ!」
言いながら平助君は私の頭を撫でた。
だけどそれは涙を助長するだけで、私の頬に熱い雫が流れていく。
「あ!俺が手伝ってやるよ!お前のいいとこ伝えてやるからさ!」
やめて。
「他のクラス…だっけ?俺も知ってる奴だったり…。」
やめてよ。
「なあ、俺にできることがあったら…。」
「やめて!!」
「奈緒…?」
もうやめて。
優しくされればされるほど。
触れられれば触れられるほど。
私の心はどんどん苦しくなっていく。
でも。
どんどん好きになっていく。
「ごめ…。平助君。私…帰るね。」
「奈緒!?」
平助君を残して私は走り出す。
振り向くこともしなかったけど、どうやら追いかけてくる様子はないようだ。
触れないで、優しくしないで、笑えない
傍にいられればなんて。
もうそれだけじゃ痛くなってきた。
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