一歩一歩

恋人って響きはくすぐったい。
お付き合いしましょうって言ってもすぐに何かが変わるものなのかな?

平助君と付き合うことになって一週間。
私たちの関係は特に変わった気がしていない。
メールに電話がプラスされるようになったけど、毎日一緒に登下校してるわけでもないし、お昼ご飯は今までも一緒に食べていたし。

でも、それでも幸せ。
だって毎日平助君の笑顔が一番近くで見られて、毎晩声が聞けるんだもん。


「で、本当に付き合ってるんだよね。奈緒ちゃんは平助君と。」

「え?」

「総司。平助から直接聞いただろう。二人は付き合っていると。」


お昼休み平助君は購買にパンを買いに行っていて教室の机をくっつけて私と総司君と一君は先にお昼を食べていた。


「だってさ。二人ちっとも変わらないんだもん。しいていえば平助君が休み時間の度に奈緒ちゃんの机まで来るぐらいでしょ。今まで以上に。」

「二人には二人の考えというものがある。それにまだ一週間ほどしかたっていないではないか。あんたは付き合った瞬間に関係が急激に変わるものなのか?」

「変わるんじゃない?だって彼女になるんでしょ。僕だったら付き合ったその日に…。」

「総司。皆が皆あんたと同じだと思うな。心外だ。」

「ああああの…二人とも…。」


二人の会話についていけず首だけが左右に動いてしまう。



「じゃあさ、もうキスした?」

「ええええ!?」

「総司!」


にこにこと笑う総司君は爽やかだけど…さらっとすごいこと聞いてきたよね?
一君が思いきり睨んでるけど当の本人は痛くもかゆくもないみたい。


「あの…えっと…。」

「この様子じゃまだかな。ま、平助君だからね。」

「そっとしておいてやれ。」


一気に顔が熱くなる。
き…キスって。そりゃ恋人だからそういうことも…いやでもあのまだ…。
何も言えない私に総司君がクスクス笑っていて、一君が同情のまなざしを向けていた。


「たっだいまー!今日は焼きそばパンがあったぜー!!!…あれ?どうしたの?」


嬉しそうにパンを高々と掲げて平助君が教室に戻ってきた。
でも私たちの空気に気が付いたのか首をかしげている。


「あ…平助君。」

「おかえりー平助君。」

「早く座れ、時間がなくなるぞ。」

「…奈緒?どうした?顔が赤いけど…。」

「!?なっなんでもないよ!!」

「平助君がのんびりしてると奈緒ちゃんが誰かにとられちゃうかもねって話。」

必死で首をふって平助君に伝えたのに、総司君が笑いながらすごいこと言うもんだから思わず大きな声がでる。

「ええ!?」

「なっ!なんだよそれ!!総司どういうことだよ!?」

「平助。総司の言っていることを真に受けるな。心配しなくても奈緒はあんたしか見えてない。」

「は…一君…。」


一君、その通りなんだけどそんな風に言われちゃうと…。
私と同じように平助君の顔も赤くなる。
思わず二人で縮こまってしまった。


「でもさ一君。あまりのんびりしてたらわからないじゃない?奈緒ちゃんのこといいなって思ってる男子がいないとは限らないんだから。」

「それはそうだが…。」

「ちゃんとデートしなよ。平助君。」


そう言って総司君は立ち上がる。どうやら食べ終わったらしい。
土方先生に呼び出されてるから職員室に行くねと手をひらひらふって彼は出て行った。


「もう総司君は…。」

「いつものことだ、気にするな。」

「うん。…平助君?」

「え?」


何か考え込むようにしていた平助君は私の声で我に返ったのか。
くわえていたパンを落としそうになっていた。

「なんでもないない。ちょっとぼーっとしてた。」

「そう?」

「あのさ、今日久々にあのジェラート屋いかない?部活ないし。」

「いく!」


付き合い始めてから二人でどこかへ寄り道するのは初めてだ。
こうやって少しずつ二人の時間が増えればいいな。
休みの日に出かけようって聞いてみようかな。

顔に喜びがでていたのか、隣にいた一君と目が合うとふっと微笑まれてしまった。
…恥ずかしい。

そのあとも放課後のデートが楽しみすぎて授業が半分ぐらい聞こえてなかった。
ごめんなさい、土方先生。





「よっし!行こうぜ。」

「うん。」


私たちは学校を出るとまっすぐジェラート屋さんへ向かった。
並んで何とかお互いの食べたいものを買うと近くの公園に向かう。
そういえば前に一緒に食べたとき私泣いちゃったんだっけ。
あの時はこんな日がくるなんて思ってもいなかったな。


「うまっ!新しいフレーバーめっちゃうまい!奈緒も食べるか?」

「ありがとう。」


すっと差し出してくれたスプーンを口に入れる。
こうやって食べさせ合えるのも恋人っぽくて嬉しい。
お返しにと私のものも食べさせてあげる。
へへっと笑う平助君に心があったかくなるんだ。


「あのさ…奈緒。」

「ん?」

スプーンをくわえて平助君が話始める。
何かあったのかと思わず食べる手をとめた。


「総司が言ってたことなんだけど…。」

「総司君?」

「その…俺がのんびりしてるとかなんとか…。」

「あ。あの!平助君はのんびりなんて…私は十分幸せで…。」

「俺も!俺も幸せだからさ。その…焦りたくないっていうか。ごめん。へたれって言われてもおかしくないんだけど…。」

「そんなこと…。」

「総司みたいにスマートにできればいいんだけどさ。俺もどうしていいかわかんなくて。」

「平助君。」

「え?…んぐっ。」


うつむきがちな平助君の顔がこちらを向いた瞬間。
口にジェラートを放り込んだ。
落ち込んでるなんて平助君らしくない。


「私たちは、私たちのペースでいこうね?平助君には笑っててほしいな。」

「奈緒…。ありがとな。」


にっとお日様みたいな笑顔。
その表情に安心して私はジェラートを口に運んだ。
そのあとも何度かお互いに食べさせ合って…うん、十分恋人っぽいよね。

食べ終わって立ち上がった平助君がどこかへ寄ろうかと言いながらくるりと私の方を向く。
そして…差し出された手。


「平助君?」

「手、つないでいいか?」

そんな顔赤くしないで。
平助君の熱はすぐにこっちに伝わっちゃうんだから。
小さくうなづいてその手をとった。
私の手がすっぽり入っちゃう男の子の手に鼓動が早くなる。



一歩一歩進んでいこう


私たちはこれでいい。
手をつなぐだけで…好きが増えていくんだから。

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