▼ いつまでも
「悪いなー!資料まとめるの忘れちまってよ!あとでジュース奢ってやるからな!」
そう言って永倉先生は申し訳なさそうに教室をあとにした。
どうやら明日授業で使うプリントをまとめ忘れていたらしく、さらに放課後職員会議があるとかで慌てていた永倉先生に声をかけたところ…お手伝いを頼まれた。
誰もいない教室で一人、クリップでプリントをまとめていく。
最近数学難しいな。ジュースはいいから後で教えてくださいってお願いしようかな。
そんなことを考えていると教室のドアが開く音がした。
「奈緒?…一人か?」
「あ、一君。」
風紀委員の見回りが終わったのか、一君が教室に戻ってきた。
机の上の大量のプリントに一瞬目を丸くしていたけれど勘のいい彼のことだからなんとなく察してくれたのだろう。
「手伝おう。」
「え?いいの?」
「ああ。今日は部活もない。」
そう言って一君は私の前の机を動かし、私たちは向かい合わせに座ることになった。
平助君や総司君のおかげでよく話すようになって、最近では一君と呼ぶようになった。
そして一君も名前で呼んでくれる。なんだか仲良くなった証みたいで嬉しいな。
黙々と作業を進めている一君は無口だけど、でも居心地が悪いと思ったことはない。
私もしゃべる方じゃないから気にならないんだよねきっと。
「今度の試合。」
「え?」
「見に来るのか?平助と総司が言っていた。」
「あ、うん。前にも試合見せてもらったんだけど剣道ってすごくかっこいいんだね。試合中だけじゃなくて立ち振る舞いとかも素敵だし。また見たいなって思って…。」
「そうか。」
あ、一君が笑った。剣道大好きなんだな。
でもごめんなさい。それだけじゃなくて。
剣道している平助君が見たいっていう邪な気持ちもあるんだよね。
「きっと平助も喜ぶ。」
「そうかな…え?ええ!?」
「あいつは鈍いが良い奴だ。よろしく頼む。」
「あの、一君、えっとー…。」
淡々と話しながらも作業の手を休めない一君はさすが…じゃなくて。
一君も私の気持ち気づいてるの?
総司君といい一君といいみんな鋭いよ!
それとも私、顔に出てるのかな?
もうその後は恥ずかしくて恥ずかしくて。
顔に集まる熱を消すこともできず下を向きながら急いでプリントをまとめた。
その様子に一君は気づいて笑うし。
もう穴があったら入りたい…。
―――――――――――――――
今日は部活もねえし、総司は用事があるとかで帰っちまうし。
暇だなーなんて思ってたんだけど。
そんな時に限ってつかまるんだよなー。
「左之さんも人使いあらいよなー。職員会議あるのわかってんだから用事すませておけって…。」
帰る前に購買なんてよるんじゃなかった。
お菓子を物色していた俺を捕まえて左之さんは俺に簡単な仕事を押し付けてきたんだ。
おかげさまで体育教官室で一人、保健体育の資料をまとめることに…。
あーあ。
奈緒誘って放課後どこか行こうかなって思ったのに。
もう帰っちゃったよな…。
教室にカバンを取りに行こうと近づくと小さいけど話し声が聞こえてきた。
まだ誰かいるのかとドアから中をのぞく。
「奈緒…一君?」
どうやら二人も何か頼まれたらしい。
机の上に散乱しているプリントが物語ってる。
だけど、俺が気になるのはそんなことじゃない。
一君が何か言ったのか、奈緒が慌てていた。
そしてみるみる顔が赤くなり、うつむいてしまったのだ。
(何だよ…一君、何言ったんだよ。まさか…告白とか!?)
奈緒はそのままうつむいて作業してるし、でも顔赤いし。
一君の表情はよく見えないけど時々笑っているように肩が揺れていた。
心臓の音がやけに響く。
手にじわりと汗が滲む。
もしも、一君が奈緒のことを好きだったら?
いや一君に限らない。他の誰かが奈緒のことを好きになる可能性だって十分あるんだ。
なのに、俺。
(俺、どうしたいんだよ。俺は…奈緒のことが…。)
いつまでもあると思ったら大間違い
ぼやぼやしてたら失っちまう。
俺、はっきりさせなきゃ。
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