「お…終わった。」

「お疲れさまでした。」

売り子をし続けるのってこんなに疲れるものなんだ。
最後の一杯が売れた瞬間、その場に座り込んでしまった。
隣の千鶴も同様に。
そんな私達に上から声をかけてくれたのは土方さんだった。


「お疲れさん。良く頑張ったな。」


全ての材料を使い果たし、もう売れるものがなくなると私たちは閉店した。


「よっしゃー!さっさと片付けて俺達も少しまわろうぜ!」

「ああ。とりあえず何か食べて…。」

「たっくさん飲もうぜー!!」


一年生や一君、山崎君が黙々と片づけをしている横で騒がしい三人に土方さんの雷が落ちる。

うちの学園祭は一般開放は夕方までだけど生徒はオールナイトでわいわい騒ぐのが恒例だ。
夜になるとおつまみやお酒が売り出される。
さっきまでお菓子やソフトドリンクを売っていた店もちらほらバーへと切り替わっているようだ。


「私達は先に着替えちゃった方がいいって土方さんが。」

「確かにこれ目立つもんね。着替えようか。」


私と千鶴は空き教室に戻ると素早く服を着替えた。


「この服どうしよう?」

「…持ち帰るしかないよね。だからって永倉さんに返すわけにも…。」

「だね。」


家に持って帰って捨てるしかないか。
だってその辺に捨てて拾われても怖い。


適当な紙袋にメイド服をしまいみんなのところに戻ると
片付けはほとんど終了していた。
それでも残りを手伝おうと近づいた時だった。



ガシッといきなり手首を掴まれると振り向く暇もなく引っ張られる。



「え?え?」



引っ張っている犯人を特定できる頃には少し離れた廊下に連れ出されていた。
まあこんなことをする人は一人しか知らないんだけど。



「どうしたの?総司。」

「どうしたのじゃないよ。あのままあそこにいたらみんなと一緒にいなくちゃいけなくなるじゃない。」

「まあそうだね。」

「そういえば着替えちゃったんだね、メイドさん。」


私が手に持っている紙袋に視線を落として総司が呟いた。
あれ?残念そう?


「総司メイドさんとか好きだっけ?」

「別に本物のメイドさんに興味はないけど。…まあ言うこと聞いてもらえるっていうのはいいよね。純粋に。」


でたよS。
そんなこと言いながら微笑むのはやめなさい。


「でもまあそれ持って帰るんでしょ?」

「え?まあ。」

「ふうん。」


何をたくらんでいらっしゃる?
…怖いから聞くのやめよ。


「どうしようか?これから。」

「お腹すいたな…。」


ずっと働いてたからろくなもの食べてない。
時々スープをすすっていたくらいだ。


「じゃあ何か食べに行きますか、お嬢様?」

「へ…?お…お嬢様!?」


さっと手を差し出してくれる総司はそういえば執事の格好のままで。
それはそれはとても優しい笑顔だ。


「せっかくこんな格好してるし。美月だけの執事になるよ。今日だけはね。」


差し伸べられた手を掴むとゆっくりと歩き出す。
時々すれ違う学生の視線が痛いけどそれ以上に幸せだった。




「美月のしたいこと何でも言ってよ。できる限り叶えてあげるから。」

「総司…。」


こんなに優しくされるとどうしていいかわかんないよ。


とりあえず総司と何かご飯食べて、少しお酒でも飲んで、他の学生がやってるイベントでも覗いて…あとはゆっくり二人で話してたいな。


「相変わらず欲がないよね。」


思っていたことを告げると総司は困ったように笑う。



「そんな簡単なことでいいなんてさ。」

「だって一緒にいられたらいいもん。」

「…困ったお嬢様だなあ。」


誰もいないのを確認して総司が私にキスをした。
珍しく頬を赤らめてるから私にもそれが伝染する。


ふわふわと甘い時間が流れた。




と、思った。




総司がこう言うまでは。




「帰ったら今度は美月がメイドさんになって僕の言うこと何でも聞いてね?…聞いてくれるよね?」



楽しみだななんて言いながら彼は私の手をひいて歩き出す。



何するつもりだ!?
怖い怖い怖い怖い!!!!!!



何も言い返すこともできず総司に引っ張られるようにして歩きながら。
とりあえず今日は朝まで大学でみんなと騒いでいたいなと目の前の執事さんにお願いしてみようと考えた。
そして隙を見てメイド服をどこかに捨てようと思う。




私のこの小さな計画が。
どうかどうか成功しますように。






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