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「源さん!腹減ったー!」
お店に入って開口一番。
平助君の言葉に源さんは苦笑いする。
「ちょっと、平助。他にも御客がいるんだからもう少し落ち着きなよ。」
「げっ!総司!?」
「あ、沖田君。こんばんは。」
カウンターは十席ほど、個室がいくつかある源さんのお店なんだけどカウンターには沖田君、少し離れたところにサラリーマンが二人いるだけだった。
個室は埋まっているらしく私達もカウンターに座る。
「いらっしゃい。お疲れ様。」
そう言っておしぼりとお茶をくれる源さんにほっとする。
源さんもまだ若いはずなんだけどこの落ち着きはなんなんだろう…お父さん思い出しちゃう。
「源さん!なんかいろいろおまかせで!!」
「はいよ。何か飲むかい?」
「俺ビールね。名前はどうする?」
「えーと…レモンサワーで。」
「すぐに準備するよ。」
そう言うと源さんはてきぱきと飲み物を出してくれて、食事も準備してくれた。
普通の居酒屋より野菜が多くて私は本当にこのお店が大好きだ。
「仕事は今終わったの?」
平助君の向こう側から沖田君に声をかけられる。
「うん。本当はもっと早いはずだったんだけど…。」
「仕方ないよね、名前ちゃん看護師さんだもん。いいんだよ、平助は暇だから。」
「おい!俺も仕事帰りだっつーの!」
何でだろう、昔からの友達に会うとその時に戻った気になるよね。
源さんのご飯を食べながら、二人の漫才みたいな会話を聞いて源さんと私はクスクス笑っていた。
ある程度お腹が満たされた頃、机の上に置かれた平助君の携帯が震える。
画面には知らない女の人の名前があった。
「何だ、こんな時間に…。」
平助君は電話に出ると一度店を出ていった。
誰だろう?
けっこう遅い時間なのに…。
いや、平助君に限って浮気はない。ない!
ないって信じてるけど…。
「名前ちゃん。」
「え?」
ビールを飲みほした沖田君は私を呼んだ後、空いたジョッキを源さんに渡して新しいものを頼んでいた。
「大丈夫だよ。平助は浮気できるほど器用じゃないし、あの名前、僕知ってるから。」
「え?あ、えっと…。」
「あの人ね、平助の会社の人。ちなみにもうすぐ定年退職を迎えるよ、孫もいるおばあちゃん。機械音痴だから家でパソコンが調子悪いとすぐ平助に聞いてくるんだよ。ほら、平助って人が良いから。」
そう言って沖田君は何か思いだしたのかククっと笑いだす。
「前にも僕や一君と飲んでる時にね、孫の携帯が動かない!って電話かかってきたんだよ。ただ電源落ちてただけなんだけどね。悪い人じゃないらしいよ。いつもお礼にお菓子くれるって言ってたから。」
「あ…あの…沖田君!」
「ん?」
やだ、私すごい勘違いを…。
いや、平助君が浮気なんてありえないって思ってたけどね!
でも…必要のないヤキモチを…。
沖田君に口止めしようと思った瞬間、平助君がお店に戻ってきてしまった。
「悪い悪い!ごめんな?会社の人なんだけど機械に弱くて…。」
「大丈夫。その件は僕が説明しておいたから。」
「へ?」
ぱちぱちとまばたきをして平助君が席に着く。
「あの…沖田君が会社の人って教えてくれたから…。」
「そうそう。悪い人じゃねえんだけどさ。また孫の携帯が調子悪いとかって…俺携帯修理できるわけじゃないんだけどなぁ。」
「平助は一緒に考えてあげちゃうから聞かれるんだよ。たまにはさらっと流さないと。」
「で…でもそういうわけにもさぁ。」
「別に僕は良いけどさ。それで彼女心配させちゃだめなんじゃないの?」
「え?」
「沖田君!!」
しまった。
やっぱり口止めするべきだった!!
ヤキモチやいてたなんて思われたくないのにー!
「心配?」
「そりゃこんな時間に知らない女の人から電話かかってきたら彼女は心配でしょ。平助、店出てっちゃうしさ。」
「あ…あの…違うよ?浮気とか思ってないよ!平助君に限ってそんなこと…。」
「え!?浮気!?ち…違う!この人もう還暦だから!ごめん、店の中だと迷惑だと思って俺…。」
「ううん!平助君何も悪くないから!!!」
何この二人…とか笑いながら沖田君はまた一口ビールを飲んでいた。
源さんも若いねぇと嬉しそうに新しい料理を出している。
「いや、もう少し考えるべきだった。ごめんな?」
「ううん、私も…ごめんね。」
もう平助君優しすぎるよ。
私が勝手に勘違いしてただけなのに。
平助君が浮気なんてするはずない。
電話もメールもまめにしてくれて、いつだって私のことを気遣ってくれる。
むしろ謝らなきゃいけないのはこっちだ。
仕事が忙しいと電話もメールもろくに返せない。
疲れて寝ちゃうことだってある。
愛想尽かされたって仕方ないよね…私。
あれ、どうしよう。
お酒のせいかな?
なんだか涙が…。