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「わかりましたよ、土方さん。」
総司がわざとかってぐらいでかいため息をこぼして呟いた。
おい…物わかりが良すぎねえか。
こいつからわかりましたってすんなり聞けるはずがねえ。
「他の人の前では必要以上にくっつかない、それでいいんでしょ?」
「あ…ああ。」
「じゃ、僕達はこれで。行こう名前ちゃん。」
そう言って総司は名前の手をとると部屋を出た。
俺は思わず原田の方を見るとあいつも目を丸くしてその様子を見ていた。
「随分物わかりが良くなったな、総司。」
「怪しい。総司があんなに素直に人の話を聞くなんて…。」
「…おい、土方さん。」
原田が総司達が出ていった襖を指さす。
障子の向こうにまだ立っている二人が影で見えた。
立ち止まったまま動く気配がない。
「…何してんだ、あいつら。」
「嫌な予感しかしねえな。」
すると総司が名前に抱きつくのが影の動きでわかった。
いや、影だけじゃねえ。
名前の驚く声も聞こえるからな。
「そ…あ、沖田さん!廊下ですよ!いや、その前に土方さんのお部屋の前で…。」
「だって人前じゃなければいいって土方さんが言ったんじゃない。大丈夫だよ、土方さんの部屋の前を通るなんてよっぽどの物好きぐらいだから。一君とか山崎君とか。」
「えっとでもあのお昼ですし、誰か来るかも…。」
「えー名前ちゃんは僕とくっついているの嫌なの?」
「嫌じゃないです!あ…でもですね、き…聞こえちゃいますよ。」
「そこまでは責任とれないよー。人前でいちゃつくなってしか言われてないもん。」
あいつわざとだろ、総司。
隣で原田が仕方ねえなあって笑ってるが笑いごとじゃねえんだよ。
「それと何でさっきから名前で呼んでくれないのかなー?返事しないよ?」
「ええ!だって皆さんの前ではいつも…。それに、気付かれちゃいますよ。私達がその…あの…恋仲だと。」
気付いてないと思ってんのか!あいつは!!!
総司、てめえは周りが気付いてることぐらい知ってんだろ!
わざとだな、わざと言わないな、お前。
「そうだね、気付かれちゃうかもね。」
くすくすと笑う声が聞こえる。
あいつ完全に名前の反応を見て楽しんでやがるな。
「それはだめです!総司さんのお仕事の邪魔はしたくないですし…もし恋仲とばれてしまったら私ここでお仕事できなくなるかもしれません…。」
名前は真面目だからな。
きっとばれたら暇を出されると思ってんだろうよ。
まあ総司が色恋に溺れて隊務ができないようじゃそれもあるが…あいつの場合そこは大丈夫だろう。
つまりばれようがばれまいが名前をどうこうするつもりはねえんだが…。
「じゃあさ。」
「??」
「名前ちゃん、僕のお嫁さんになればいいよ。」
「…え?」
おい、今あいつ何て言った。
隣の原田に視線をうつすとさすがに顔から笑みが消え、目を丸くしている。
「…土方さん、今あいつ。」
「…どうやら聞き間違いじゃねえな。」
「ね、名前ちゃん。僕のお嫁さんになって?そうしたらいつも一緒にいてもおかしくないし、二人の家も借りられるよ。近藤さんに言えば喜んでくれると思うんだ。」
「え?あの…えっと…。」
「いや?」
「嫌じゃないです!」
「僕のこと好き?」
「はい…お慕いしております。」
「名前ちゃん可愛いなあもう!!」
「きゃあ!」
総司が名前を思い切り抱きしめ、二人の顔が近付くのが陰でわかったところで
「いい加減にしやがれ!!!」
「きゃあああ!ひ…土方さん!これはそのあのですね!!!」
「ちょっと今いいとこなんで邪魔しないでくださいよ。」
「いちゃつくんなら人のいねえとこに行きやがれって言ってんのがわかんねえのかてめえらは!!!!!!!」
「ごごごごごごごめんなさいいいい!」
「土方さん怒鳴らないでくださいよ、名前ちゃんが怖がってるじゃないですか。」
「お前のせいだろうが総司!!!」
「落ち着け、土方さん!みんな集まっちまうから!」
「あ、それちょうどいいです。左之さん。こっそり僕達の会話聞いてたんでしょ?僕ら祝言をあげようかと思うんでみんなに報告しまーす。」
「総司さん!!」
「誰がこっそり聞いてただ!てめえわざと俺の部屋の前で会話してただろうが!!」
「土方さん、盗み聞きは行儀が悪いですよ〜。」
原田が押さえてくれなかったら俺はあいつにつかみかかるところだった。
そしてすぐに騒ぎを聞きつけ集まった何人かに総司が名前とのことを話始め、しかもその中に近藤さんもいたもんだからいつ祝言をあげるだの家はどうするだの話し合いが始まっちまった…。
「…頭がいてえ。」
「…ご愁傷様。土方さん。」
原田、肩たたくんじゃねえ、お前もどうにかしろこの状況。
ただ…。
自分のことのように嬉しそうにはしゃぐ近藤さん。
千鶴と花嫁衣装について相談している名前。
他の奴らに囲まれて、本当に幸せそうに笑う総司を見ていたら…
「仕方ねえな。」
「あれ?土方さんどこ行くんだ?」
俺が立ち上がると横にいた原田が声をかけてくる。
どこ行くも何も…いろいろとやることがあるだろうが。
「金も飯も紋付き袴も準備する必要があるだろうが。ったく…この忙しい時に。」
そう言って俺はその場を立ち去った。
「素直じゃねーな、土方さんは。」
笑いながらひらひら手をふる原田の言葉は聞こえなかったふりをした。
―とある真夏の一日―
終
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