この気持ちの名前を。 僕は知りたくない。
―真っ白な君―
ああ、今日は左之さんか。
そんな考えがよぎったのは巡察から帰ってきて台所の前を通った時だった。 外は寒かったし、温かいお茶でも飲もうかなと思って近づいたのが間違いだったんだ。
台所から名前ちゃんと左之さんの楽しそうな声が聞こえて。 会話なんて聞きたくないのに勝手に耳に入ってくるんだ。
「あはは。原田さん上手ですね。」
「そうか?でもやっぱりお前には敵わねえよ。気合いが違うよな。」
「気合いって…気持ちって言ってくださいよ。」
「悪い悪い。」
どうやら二人で何か作ってるみたいだけど今の僕は覗く気にもなれなかった。 というより、一刻も早く立ち去りたい気持ちでいっぱいになった。
名前ちゃんは屯所近くの薬種問屋の娘さんなんだけど少し前に不逞浪士にからまれているところを土方さんが助けたのをきっかけに屯所によく来るようになった。 彼女のお父さんが安く薬を売ってくれるということで山南さんや山崎君は喜んでいたっけ。 彼女は薬を届けに来てくれるんだけど最近では隊士達と仲良くなってすっかり屯所に溶け込んでいた。
まあ彼女はいつも笑顔だし、口調もやわらかくて一緒に会話をしていて落ち着くから人気がでるのはわかる。
特に幹部からは可愛がられていて、あの土方さんでさえ名前ちゃんには甘いんだ。
僕が土方さんの大事な大事な発句集を拝借して名前ちゃんと読んでいるのが見つかった時も名前ちゃんがいるってだけでたいして怒鳴りもせずに発句集を掴んで自分の部屋に戻ったんだから。
土方さんだけじゃない。 一君も平助君も左之さんも新八さんも。 みんな名前ちゃんが好きなんだ。
最初はそんなみんなの様子をおもしろがって見ていたんだ。 お互いが譲らない!って感じでさ。 でも名前ちゃんはみんなの気持ちに全然気づいていないもんだから見てる僕はおかしくておかしくて。
なのにいつの間にこんなことになったんだろう。 彼女が他の誰かといることが僕の胸をいつも苦しくさせる。 あの何も悪いことを知らない、真っ白な笑顔を見る度に手を伸ばしたくなる。 僕の持っていない綺麗なものを持っている気がして。
そしていつも思うんだ。 こんなことを思うのは。
僕が君を…。
そこまで考えて僕はいつも思考を停止させる。 そんなこと、考えている暇はないんだって。
僕は近藤さんの為に、新選組の為に。 それだけの為だけに存在してるんだから。
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