「菱形筋…菱形筋…菱形筋…。」
「ちょっと名前ちゃん…。」
呪文のように呟きながら子犬の背中を撫でる名前に沖田がひきつったような笑顔になる。
「広背筋…広背筋…広背筋…。」
「筋肉の名称呟くのやめろって…。」
手を子犬の腹の横へ移動させて撫で続ける名前に平助も呆れたようにため息をついた。
「子犬が怖がるから。」
「だだだだって!筋肉と思えば触れる気がして!!!」
「名前。」
それまで静かにその様子を見ていた斎藤が口を開く。
「大丈夫だ。怖くない。」
「一…本当?」
「ああ。次は優しく頭を撫でてやれ。」
「わかった。前頭筋だね。」
((だから筋肉やめろ))
ふわふわと柔らかくて温かい感触が名前の掌に広がる。 子犬は気持ちよさそうに目を閉じていた。 その表情に思わず名前も目を細める。
「大丈夫だろう?怖くない。」
「うん。何だか大丈夫な気がしてきた。可愛い。」
「そうか。それは良かった。」
「でもやっぱり一人だと怖いかも。少しずつ慣れるのかな?」
伏し目がちに子犬を撫で続ける名前の肩を斎藤が掴む。
「大丈夫だ!」
「一?」
「その…俺と飼えばいい。」
「え?」
「将来、俺と飼えばいい。二人なら大丈夫だろう?」
「そ…それって…。」
顔を赤くする斎藤の熱が名前にも伝わる。すっかり眠ってしまった子犬をはさんで二人は見つめあっていた。
「それって、将来一緒に住むってこと?」
「そうだ。」
「一緒に犬を飼うの?」
「そうだ!」
「一緒にいてくれるの?」
「…あんたがいいと言うのなら。」
「うん!もちろんだよ!一!!!」
「そ…そうか。」
私がんばって犬好きになる!もっと詳しくなるね!と決意表明をしている名前を斎藤は微笑んで見ていた。
しかし隣で見ていた二人がひどい聞き間違いをし、翌日学校で変な噂をたてられることになるのをこの時の斎藤はまだ知らなかった。
―翌日―
「ねえ一!一ってドMだったんだっけ?」
「ぶっ!」
「わっ!お茶ふかないでよー!!!」
「な…何故そのような…。」
「だって総司がね、昨日一が『俺を飼えば良い』って私に言ってたってみんなに言いふらしてたよ。平助も聞いてたって。」
「………!?それは犬を俺と飼えば良いと言った話のことか!?」
沖田と藤堂は『俺と飼えば良い(犬を)』を『俺を飼えば良い』と聞き間違えたのだ。
「あーそういうことか。…でもま、いっか。」
「いいわけがない!総司はどこだ!?」
「え?あっち…あ、一!?焦って弁解すると…。」
逆効果だよという名前の声は届かず。 しばらく学校中に斎藤の変な噂が流れ続けることとなった。
終
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