「沖田さーん。」
「…何?」
部屋に戻り、羽織を脱ぐと畳の上に寝転がる。 しばらくごろごろしていると襖の向こうから声がした。
相手が誰だかわかっているくせに。 ぶっきらぼうに返事をしてしまう自分が嫌だった。
「入ってもいいですか?」
「どうぞ。」
スッと襖が開いたのを背中で感じ取る。 名前ちゃんが入ってくるのがわかっているくせに、相変わらず僕は彼女に背を向けたまま寝ていた。
「具合…悪いんですか?」
「別に。どうかしたの?」
「あの、お腹すいてませんか?」
ずっと背中しか見せていない僕に彼女が戸惑っているのが声で分かった。 苛立ちを隠せない自分があまりにも子供で情けない。 ふうと小さく聞こえないように息を吐き、僕はごろんと彼女の方を向いた。
下から見る彼女はまたいつもと違って新鮮だ。 少し目を丸くして僕を見下ろしているその手にはお盆があって、湯気も見えるからお茶でものっているんだろう。
「お腹…すいたかもね。」
「かもって。ご自分のことなのにわからないんですか?」
ふふっと微笑んで彼女が寝転んでいる僕の前に正座する。 畳に置かれたお盆には二人分のお茶と牡丹餅が置いてあった。
「これは?」
「今作ったんです。お口にあえばいいんですけど。」
左之さんと楽しそうに作っていたのは牡丹餅だったのか。 さっきのことを思い出してまた苛々してしまう。
「…左之さんと食べないの?楽しそうに作っていたじゃない。」
多分笑えているはずだ。 こんな風に意地悪言うのは僕の得意分野なんだから。
「え!?し…知ってたんですか?」
サッと彼女の顔が赤くなる。 目も泳いでいるしこんな表情は初めてだ。 名前ちゃんは左之さんのこと…。
好きなの?
そう思った瞬間。 何かが僕の中でプツリと切れた気がした。
「ねえ、名前ちゃん。それ、食べさせてあげる。」
「え?」
僕は牡丹餅を一つとると彼女の口元へ持っていく。 状況を理解したらしい彼女は顔をさらに赤くさせて戸惑っていた。
そのうっすら開いた口に牡丹餅をぐっと押しつけると観念したのか小さく一口食べた。
「もっ…もう…沖田さ…。」
僕は半分になった牡丹餅を皿に置くと、もぐもぐさせながら文句を言いたげな彼女の手首を掴んだ。
「??」
「僕にもちょうだいよ?」
ぐっと引っ張って空いた手で彼女の後頭部を掴むと軽く口づけた。 一寸ほどの距離だけ離れて彼女を見つめると目を大きく開いて固まっている。
やっぱり苛立ちは治まらなくてもっといじめたくなって。
「甘いね、牡丹餅。」
そう言ってもう一度口づけた。 我に返ったのか、名前ちゃんはドンと強く僕の胸元を押してきたけどそんな力で僕が離れるわけがないじゃない。 押されるから無理やり腕の中に閉じ込めた。
「おっ沖田さん!からかわないでください!」
この期に及んで君はまだ僕がからかってると思ってるんだね。 自然と眉をしかめていることに気が付き、軽く頭をふって表情を戻す。
「ああ、左之さんには言わないであげるよ。それとも言ってあげようか?もしかしたら左之さんが怒って君のこと守ってくれるかもね。」
「なんで原田さんがでてくるんですかあ!」
「なんでって…君、左之さんのこと好きなんでしょ?」
「違います!!!」
「え…。」
いつも穏やかな名前ちゃんに似合わない大きな声が僕の部屋に響く。 さっきまで顔を赤くしておろおろしていた子とは思えない。 真剣で少し悲しそうな目。 驚いた僕は思わず彼女を解放していた。
「私が…好きなのは沖田さんです。」
「何言ってるの?」
「だから…私が好きなのは沖田さんなんです。」
君が好きなのは…僕。
単純な言葉なのに頭が追いつかない。
沖「さっき、左之さんと楽しそうに作ってたって言ったら顔を赤くしたじゃない…。」
「それは!!」
俯きがちだった彼女が急に顔をあげて僕の方を向いた。
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