▽ 3
少しイライラしたのだろうか。
俺は無言でもう一度真尋の手首を掴みキャンパス内を移動する。
人の少なそうな方向を進み建物と木々の間に入った。これなら周りから見えない。
「一??どうしたの?帰らないの?」
「あんたは…。」
掴んでいた手を勢いよく離したせいで真尋は壁に背をぶつけた。
無論、わざとだ。
「いたっ。何々!?」
「少しは警戒しろと言っている。相手が顔見知りだろうとそうじゃなかろうと。」
「一??」
「…俺だろうともだ。」
距離を詰めればその表情から笑みが消えた。
…怖がらせたのだろうか。いや、それぐらいでいい。
「か…か…。」
「?」
「壁ドン!?まさか壁ドンするの!?ねえ!良いですお願いしますカモンカモン!!」
「…。」
何故だか目を大きく開いて興奮しているのだが。
「壁ドン?」
またわけのわからない言葉がでてきたがどうせこいつのことだ。マンガかゲームだろう。
とにかくキラキラした目で見るのはやめろ。
「そのまま私の顔の横に手をつけばいいんだよ!さあ!さあ!」
この状況で何故催促できる?
これは…少し怒ってもいいだろう?
「あんたが悪い。」
「え?」
お望み通り壁に手をついてやると壁ドンきたあ!と叫んでいたが俺の表情にすぐ口を閉ざした。一?と首を傾げたところでもう止める気など…ない。
「ん!?」
勢いよく唇を奪えば動きが停止したが数秒後に手で俺を押し返そうとしてくる。
「動くな。」
一瞬唇を解放したが真尋が何か言う前に塞いだ。相変わらず動く手を両手で掴んで再び壁に押し付けるとさらに混乱したのか目をぱちぱちとさせみるみる顔が赤くなる。
もともと免疫のないやつなのだ。マンガやゲームで見慣れているとはいえ自分にされるとめっぽう弱い。
「んーーー!?」
何度も啄ばむようにキスをすれば段々手の力が抜けていくことが分かる。俺は手を解放してやるとそのまま壁に腕をつき逃げられないようキスを続けた。
胸元に何かが触れたと思い目を開けると俺の服を掴んで必死に目を閉じる姿が見える。
その姿に思わず止まらなくなった。
「ん…は…じ…め…。」
そろそろやめてやるかと思ったときに名前を呼ばないでほしい。
いつもとは違ってしおらしく俺の名を呼ぶ声も、時々もれる吐息も。
ただ離れがたくするだけだ。
ゆっくりと離れると真っ赤な顔で涙目になった真尋がいて、俺の体温は一気に下がった。
「す…すまない!泣くな…。怖がらせたか?」
「…だけ?」
「?」
「警戒しろって教えたかっただけ?それでこんなことしたの?」
「最初は…そうだった、が途中からは違う。」
「?」
「したくなったからだ。」
「しっ!!??!?!?」
赤かった顔がまた一段と赤くなる。
こんなに焦る真尋を見たのは初めてかもしれない。
「外だよ!?ここは大学の敷地内で…。」
「すまない。」
「誰か来るかもしれないのに…!」
いつもとは逆転してまともなことばかり言うものだからつい笑ってしまった。
そんな俺に怒ったのか口を尖らせる。
「…卒業するまで色恋にうつつを抜かしたくないって言ってたのどこの誰でしたっけ。」
「返す言葉もないな。」
「もう!反省の色が見えないんですけど!!!」
「嫌いになったか?」
返事はわかっているのに俺はずるい。
表情を見れば本気で怒っているかなんてすぐにわかるのだから。
「嬉しいけど…そんなに思ってもらえてるなんて。」
相変わらず顔を赤らめたまま、視線を落として呟くように言った。
少しは理解してもらえたようだ。
「力じゃどうしたって敵わない。だから少しは気をつけてくれ。あまり男と二人きりになるな。女一人で男が数人というのも避けてくれ。」
「一って…独占欲そんなに強かった??」
「さあな。」
さすがに今度は自分が恥ずかしくなってきた。
悟られぬよう手をひき大学から帰ろうと歩き出す。
「ねえ、一。」
「何だ。」
「気をつけるからさ。同じ学部に来るなって言わないでね。」
そんなことまで考えるとは思わなかった。
確かに男が多いこの学部は危険かもしれぬが。
「言うつもりなどない。目の届かないところに行かれるよりましだ。」
真っすぐで疑うことを知らないこいつの面倒をみれるのは俺ぐらいだ。
と、また俺は自分のいいように考えているな。
「帰るぞ、課題の続きだ。」
「ええ!?…今日は真尋ちゃんのターンでしょ。どこか寄ってこ!」
「そんな時間は…。」
「…一が大学で無理矢理チューしてきたって沖田に言おうかな…抵抗してもやめてくれなかったって。外なのに突然…。」
「今日はあんたについていく。」
遮るようにそう言うとぱっと表情を明るくする。
「やったねー!」
いつも通りの間抜け面で笑い、手をあげて喜ぶ。
一見あほな彼女だと思われてもいい。
周りに見えるのはその姿でいい。
―他の人には知られたくない―
真っ赤になって慌てる顔も。
恥ずかしそうに俺を呼ぶ声も。
全部俺だけが知っていればいい。
終
おまけ
「真尋ちゃん、どうだった?オープンキャンパス。」
「え!?な…何もしてないよ!」
「は?なにそれ…。何かしたの?何で顔が赤くなるの?」
「赤くなんかない!」
「一君…まさか大学でなんかしたの?やっちゃったの?」
「するわけがない…!だろう…。」
「なんで目が泳いでるの…僕てっきり真尋ちゃんが器具を破壊したとかそんな風に思ってけど…なんかしたんだね、二人で。…ねえ真尋ちゃん、ゲーム買ってあげるから二人きりで詳しく教えてくれない?」
「え?ゲーム?」
「あんたは…!!!」
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