▽ 3
ぽろっと涙が落ちるのがわかった。
唇だって震えてる。
たぶん眉も下がりまくって、一番ひどい顔になっているはずだ。
「好き…なの?」
もうどうせ戻れないんだ。
だったら怖いものなんてないじゃないか。
涙で斎藤が歪んで見えるけど表情はわかった。
一瞬躊躇ったように視線をそらしたけど、小さく首が動いた。
「さいと…?」
斎「ああ。」
「好き?」
斎「ああ。」
相変わらず視線は逸らされてるけど少しだけ顔が赤い。
なによそれ。
そんなの認めるか。
「ああって何!はっきりしなさいよ!へたれ!」
斎「へたっ!?」
「へたれだ、馬鹿っ!」
斎「こっこっちも今必死に…!このようなこと、一度も言ったことがないのだ。どう伝えようか迷っている。心の準備というものが…。」
「こっちだって初めて言ったんですー!心の準備とか知るか!私はちゃんと言ったでしょ!」
斎「っ…。そうだな。」
斎藤が大きく深呼吸をした。
こんなに焦ったような、余裕のない斎藤は初めてだ。
斎「俺は。」
「うん。」
斎「馬鹿で、お人よしで、女らしいとはお世辞にも言えず、二次元の男にしか興味がないあんたが…。」
「ちょっと!そこいらないでしょうが!!」
余計なことをつけないと肝心なことが言えないんですか!あんた!
泣きながら思わずつっこんでしまった私の腕が斎藤によって掴まれて引っ張られる。
「わっ!?」
ぎゅっと強く抱きしめられる。
体温が伝わってものすごく恥ずかしい。
だけど、心地よい。
斎「好きだ。」
「うっ…。」
耳元に落ちてくる少し低い声に思わず体が震えた。
だって今。
今、なんて…。
「斎藤…もう一回。」
斎「なっ…何度も言わせるな!」
「お願いします!」
空中をさまよっていた手を斎藤の背中に回した。すると今度は斎藤の体が一瞬動く。
私の力をこめたお願いしますに諦めたのか、小さくため息が聞こえるとゆっくりと体が離れた。
近距離で見つめあうなんていつもだったら笑ってしまいそうなのに、お互いに視線を外さない。
斎藤が私の目元をゆっくり擦った。もうすっかり涙はひっこんだけどその動作にまた何かこみ上げそうになる。
斎「…好きだ。真尋。」
「うん。」
斎「何故泣くのだ。」
「泣くわ、馬鹿。」
斎「そうか…。」
「もう偽物じゃないよね?私本当に斎藤の彼女になっていいの?」
どこから出てくるんだってぐらい溢れる涙を相変わらず斎藤が拭っている。
私の言葉にまた視線を外しながら、それでもしっかりと返答してくれた。
斎「あんたがいい。」
「っ〜〜〜〜〜。」
斎「だから何故泣くのだ!?」
さらに溢れる涙。
嬉し泣きだよ馬鹿。
だって、両思いになれたんでしょ?
「嬉しいの!馬鹿!」
斎「喜んでいるのか怒っているのかわからない奴だな。」
そう言って笑う斎藤にまた胸がはねた。
すると急に斎藤は真剣な顔になって…
少しずつ距離が近づく。
もう少しで…唇が触れる…と思った時。
勢いよく部屋に向かって走ってくる足音に私たちは思わず互いに距離をとった。
父「真尋!!!」
母「ちょっとお父さん!」
勢いよく入ってきたお父さんを追いかけるようにお母さんも入ってきた。
父「全然おりてこないから…つい。」
母「もう、お父さんは。せっかく久しぶりに斎藤君が来てくれたのに。」
「…な、何か?うちら少し宿題しようと思ったんだけど…ねぇ、斎藤。」
斎「はい、すみません、そろそろ帰った方がよろしいでしょうか?」
母「いいのいいの!気にしないで!!斎藤君が見てくれた方がこの子も成績が上がるし。もうすぐご飯できるからぜひ食べて行って!」
父「え?母さん?」
母「いいわよね?お父さん。」
父「…ああ。」
斎「ありがとうございます。」
それだけ言うとお母さんがお父さんを引きずるようにして部屋を出た。
なんか…別に悪いことしてないんだけど複雑な空気になる。
「ご…ごめんね。相変わらずな両親で。」
斎「いや、楽しそうで良いと思う。」
そう言いながら斎藤がカバンからノートや教科書を取り出していた。
「え、本当に勉強するの?」
斎「あんたが言ったんだろう?嘘をつくわけにもいかない。」
「ええ!?いいじゃん!もうすぐご飯だしのんびりしよーよ!」
斎「今度英語の小テストがあるが…大丈夫なのか?」
「ぐっ…聞かないで。」
斎「諦めて教科書を開け。俺が徹底的に叩き込んでやる。」
「ワタシニホンジン。エイゴワカリマセン。」
斎「真尋。」
「嘘です。ごめんなさい。」
そう言うと私は机の上に置いてあった英語の教科書をとりローテーブルに放り投げた。
別にね。勉強が嫌とかそういうことじゃなくてさ。
だってせっかく付き合えるようになったんだよ?今日からだよ?
なんかこうもう少しあまーい感じでさ…。
って期待するだけ馬鹿か。斎藤だし。
渋々座り込んで教科書を開く。
その様子に隣に座った斎藤がため息をついた。
「何よ。」
斎「何故不機嫌そうにしている。」
「だって…せっかく恋人になったのにさ。付き合ってる感じがなくて…。」
言いかけている途中で頬に柔らかいものが当たった。
驚いて横を見ると目の前に斎藤の顔。
え?
あれ?
もしかして斎藤さん…今、ほっぺにチューとか…え?ええ!?
何も言えずに口をあけている私。
教科書に視線を戻している斎藤。
斎「さっさと終わらせるぞ。夕食までに終わるだろう?早く終わったらあんたの話でもなんでも付き合ってやる。それに…。」
――次はちゃんと口にしてやる。
意地悪そうに微笑まれた時には心臓が破裂したかと思いました。
偽恋ゲームをしていた私たちからは想像もできないけど、どうやら夢じゃないらしい。
私たちはこれからゆっくりと本物の恋を始めよう。
いつか絶対私と付き合って幸せだって言わせてあげるから…覚悟しておいてよね。斎藤。
終
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