▽ 3
沖「はーじーめーくーん。」
斎「…何だ。」
平「ちょっと一君、なんで怒ってるの?」
放課後、風紀委員の仕事へ向かおうとする俺に総司と平助が声をかけてきた。
部活のないときでもこの二人はこうして俺を教室で待つことが多い。
斎「俺は委員会へ…。」
沖「だから、お仕事を伝えようとしてるんじゃない。」
斎「仕事?」
平「さっき中庭でさーゲームしてる奴がいたぜ?な?総司。」
沖「うん。学年はわからないけど。男子だったよ。早く行ってきなよ。」
平「だっ!?」
平助が何か言いかけたのを総司が頭を叩いて遮った。
何か怪しい気がするのだが。
斎「…。」
沖「本当だって。行ってみなよ。わざわざこんな冗談言ってどうするの。」
どうせ見回りも仕事のうちだ。
俺はわかったと告げると教室を出て中庭へ向かった。
中庭は放課後ということもあって誰もいなかった。もしかしたらもう帰ったかと思ったとき、木の陰から小さな電子音が聞こえる。
どうやら総司達の言ったことは本当だったらしい。
俺は少しずつ近づき、声をかけた。
斎「校内でゲームは禁止だ。よって没収…。」
素早く木の陰を覗き込むと俺は予想外の人物に思わず言葉を詰まらせた。
予想外?
いや、予想できたはずではないか。
総司と平助が言ってきたというのに…。
斎「廣瀬…?何故あんたが…。」
「何故って…別にいいじゃん。」
斎「総司が…ゲームをしている男子生徒を見たと言っていた故。」
「あいつ…。」
廣瀬が眉間にしわをよせて呟いた。
こいつもあの二人に言われてきたのだろうか。
斎「…ゲームなら家でしてくれ。」
何を話していいのかわからず、俺はそう言うと校舎へと足を向ける。
一歩、二歩と歩いた時後ろから声をかけられる。
「没収しないんだ?」
斎「没収されたいのか?」
以前はあれほど見逃せと言っていたくせに正反対の反応に思わず戸惑ってしまう。
「嫌だけど。らしくないなーと思ってさ。」
斎「…らしいとは、何だ。」
「斎藤だったらさっさとゲーム没収するでしょ?相手が私だろうと沖田だろうと平助だろうと。」
斎「…。」
「ま、いいや。ありがたく家に持ち帰ります。」
廣瀬はカバンにゲームを仕舞い込むと何かを決意したような目で俺を見てきた。
「ねえ、斎藤。」
斎「何だ?」
この感じは何度か味わっている。
いろいろな者がこうして俺に思いを告げてきたあの空間に似ている。
「私けっこう楽しかったよ。偽恋ゲーム。」
斎「廣瀬?」
真剣な表情は一瞬で、あいつはすぐに表情を崩して笑った。
「最初はゲームとられて困ったし、面倒だなとも思ったけど。斎藤と話すようになって、ちゃんと斎藤のこと知って、短い間だったけど楽しかった。」
あんたは。
巻き込まれたあの時間を楽しかったと言ってくれるのか。
本当に…どこまでお人よしなんだ。
斎「俺はあんたに迷惑をかけた。俺の知らないところで傷つけた。俺は…。」
「はい、ストップ!」
掌を目の前に突き出され、思わず言葉を飲み込んだ。俺が話すのをやめたのを確認するとゆっくりと手を下ろす。
「そんなこんなも良い経験。真尋ちゃんは一つ大人になりましたとさ。めでたしめでたし。」
斎「茶化すな。人が真剣に…。」
「でも、一つだけ誤算がありました。…好きになっちゃいけない、偽物の恋人を好きになっちゃったこと。」
斎「!?」
「ごめん。斎藤。…好きだよ。」
夕焼けが廣瀬をオレンジ色に染めていく。
一瞬理解ができなかった。
好き…と言ったのか?
廣瀬が?俺を?
「クールに見えて実は負けず嫌いだったり、そっけないくせに助けてくれたり、笑うと意外と可愛かったり、私に厳しいくせに実はよく見ていてくれたり…もういろいろ!」
何も言わない俺に廣瀬は話し続けた。
「いろいろ見たけど、いや、見たから。好きになった。恋なんてしたことなかったから気付かなかったけど…偽恋を終わりにするって言われてちゃんと気付けた。一緒にいられないことが辛いってことに。…ただ伝えたかっただけ!別に何かしてほしいとかじゃないからさ。気にしないで。」
斎「…。」
「聞いてくれてありがとう。じゃまたね。」
一気に告げて廣瀬はカバンを抱えるように走り去っていった。
今までにこうして告白を受けたことはたくさんあった。
ただ、今まではどれも同じに聞こえてきたものが全く違う。
あいつはいろいろな俺を見た。
同じ時間を過ごした。
その上でこうして告げてくれたのだ。
斎「…何故、あんたは人の話を聞かぬのだ。」
俺は携帯を取り出すと一つの番号にかけた。すぐに出たところからして俺からの電話を待っていたのだろう。
斎「総司。」
沖『あ、一君。僕たちは帰ってればいいんでしょ?』
平『え?どういうことだよ総司!』
沖『一君が復活するってことだよ。』
平助の問いに総司が笑いながら返事をしているのを聞きながら俺は電話を切った。
委員会を途中で放り出したりしたら…もう一度土方先生に呼び出されてしまうのだろう。
それでも。
俺は中庭を飛び出すと校門へ向かっていった。
人の話も聞かないお人よしを追いかけるために。
恋に気付いた。
恋をしていた。
恋を…始めたい。
もう、一人でいることに違和感を覚えるのだ。
生まれて初めて込みあがる感情を抑えながら、真っ直ぐ目的地へと走って行った。
つづく
prev / next