▽ 1
廣瀬との関係を終わらせた。
だからといって俺に何か変化があるわけでもない。
そう思っていたのだ。
あれから俺は廣瀬と話さなくなった。
とはいえ以前の関係に戻っただけだ。
あの時、あいつからゲームをとりあげるまで俺達は挨拶程度しか言葉を交わすことがなかったのだから。
俺達の微妙な変化に気付いた一部の者にまた告白を受けるようになったが断るのも慣れている。俺はまた学業と部活に専念する日々に戻ったのだ。
戻った?いや、違うな。
もとからそのままだ。あいつといるようになったからといって何かが変わったわけではない。
斎「…ないはずだ。」
自分で自分の呟きに驚いた。
まさか声に出すとは思わなかったからだ。
目の前の問題にとりかかろうとして何分が経過した?
こんな問題、五分程で解けるはずではないか。
一向に進む気配がないペンを投げ、俺は椅子から立ち上がるとベッドに座りこんだ。
視界に入るのは猫のぬいぐるみ。
ふぬけた顔をしたあいつが何故か胸をざわめかせ、廣瀬を思い出させる。
ゲームやマンガが好きな騒がしい奴だと思っていた。
だが蓋をあければいろいろなことに興味を持ち、物事を否定から入らないところに好感が持てた。
暢気なようでしっかりと考えていたり、それから…。
俺を傷つけまいといろんなところで耐えていた。
ぐらりと自分の中の何かが崩れる気がした。
それは恐怖であり、未知であり、そして切望だったんだろう。
俺の中であいつの存在が大きくなる。
いつからか隣にいるのが当たり前だった。
だから、あいつの好きなものに気付く様になったのだ。誕生日に何かを贈るなんて今までの自分では考えられなかった。
そして、俺のせいで嫌がらせを受けていたことに気付いた時は衝撃を受けた。
何故相談してこなかったのか、よく考えれば俺のことを考えてくれたのだろうが頼られないことが悔しかった。
感情が一気に高まってあんなことまでしたというのに。
その後、急に戸惑う自分が情けない。
今まで散々色恋などいらぬと言っていた俺が、学業と部活に専念するためとあいつに話を持ちかけたというのに。
そんな自分があんな行動をとるなんて、あいつはどう思うのだ?
そう思ったら急に怖くなった。
そして追い打ちをかけるようなあいつの言葉。
他の者に思いを寄せていたかもしれないのに俺は何一つ気付いていなかったのかと思うと自分に腹が立った。
一方的に関係を終わらせたことにあいつは戸惑っているのだろうか。
それとも清々しているのだろうか。
そんなことも聞けないなんて。
斎「…俺はどうしたというのだ。」
どうしたもこうしたも。
本当はわかっている。
――好きなものを好きじゃないふりをするのやめたら?
総司の言葉が頭から離れない。
俺は自分の中で決めていたルールに縛られて、自分の本心を見ないふりをした。
その結果がこれだ。
斎「…。」
そのままベッドに横になり、目を閉じた。
俺の気持ちよりも、優先したいのはあいつの気持ちだ。
もしもあいつが…平助を好きだというのなら。
斎「俺はこのまま黙っていればいい。」
わかっているはずなのに。
頭の中がぐちゃぐちゃですっきりしない。
部屋にいても腐るだけだと俺は立ち上がると部屋を出た。
休みの日ということもあって街は人が多かった。
特にどこへ行くというわけでもないが駅前の本屋にでも行こうと歩いていた時。
耳に飛び込んできたのは廣瀬の声だった。
思わず声の方を見ると確かにそこには廣瀬がいた。
そして…。
斎(総司と…平助?)
廣瀬を真ん中にして二人がどこかへ向かって歩いていた。しっかりと腕を掴まれて廣瀬も引きずられるようについていっている。
話さなくなったというのに目で追ってしまう自分がいたことに驚きだったが、最近どこか元気のないように見えたあいつが二人と話している今は楽しそうに見えた。
「ちょっと、離してよ!目立つから!」
沖「どうせ部屋にひきこもってたんでしょ。だったら…。」
平「そうそう!…。」
三人も大きな声で会話をしているようだったが人ごみの中で全ては聞こえない。
人ごみ…。
こんなにたくさんの人がいて、大音量で音楽がなっているような町中で。
斎(どうしてあいつの声は聞こえたんだろうな。)
どうしてだなんて。
俺の感情が、行動が、全てが。
あいつのことを好きだと言っているようなものではないか。
そうだ。
俺はあいつが好きになっていたのだ。
だとしたら。
やはり、俺はこのままでいるべきだ。
あいつが笑っていればそれでいい。
俺はしばらく三人を目で追うと、踵を返して家へと戻って行った。
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