偽恋ゲーム | ナノ

▽ 5



放課後の中庭は相変わらず人がいなかった。
大きな木の下でゲームを起動させて待つ。

沖田や平助がうまく斎藤をここへ導いてくれるのだろうか?
でもどうするんだろう。
私がいるなんて言ったら来ない気がするんだけど。


ゲーム画面の新太君も笑っていてまるで励ましてくれているみたいだった。


 「そういえば…初めて喋ったのここだったな。」


そもそも私がここでゲームしてたのが見つかってあの関係がスタートしたんだ。
あの時はゲームを返してもらうことで必死だったけど。


いつの間にか一緒にいるのが当たり前になっていた。



女子はあまり好きじゃないとか。
恋愛に興味ないとか。
どこか冷めてるし、発言がきつい時もあるし、だけどおかしいことは言わなくて。

斎藤が嫌な奴じゃないってことがわかって。
むしろ良い奴なんじゃないかって思って。
かばってくれたり助けてくれたり…どんどん気になっていったんだ。


空を見上げると綺麗なオレンジ色になっていた。
ああ、そういえば斎藤も読んでいた少女マンガにそんなシーンがあったな。
夕焼けの中、告白をするシーンが。


確かあのシーンは…そこで返事はもらえないんだっけ?


意外と現実はそうじゃなくて。
さっさと返事をもらったりするんだろうな。
考えさせてほしいとか言いそうにもないもんね。



考え事をしていたらゲームを全然していないことに気付いた。
暇だし少しだけ続きをするかとボタンを押した瞬間。
こちらへと近づいてくる足音が聞こえた。


私の背中には大きな木。
そしておそらくその後ろに人の気配。


振り向かなくてもわかる。
多分、斎藤だよね?


斎「…そこでゲームをしている人間がいるという話を聞いた。校内でゲームは禁止だ。よって没収…。」


 「え?」



風紀委員として淡々と伝えるその口調はまるで相手が私とは気付いていなかったようで。
私の姿をその目に捉えた瞬間、斎藤は言葉を詰まらせた。


斎「廣瀬…?何故あんたが…。」


 「何故って…別にいいじゃん。」


ちょっと、沖田も平助もどうやって斎藤をここにやったの?



斎「総司が…ゲームをしている男子生徒を見たと言っていた故。」


 「あいつ…。」


どこが男子じゃ!
少なくとも体は女子…いや、心も女子だし。


斎「…ゲームなら家でしてくれ。」

そう言うと斎藤は校舎のほうへ向かおうと背を向ける。


 「没収しないんだ?」


私の言葉にぴたりと足を止めた。
ゆっくりと振り向いた顔は少し戸惑っている。


斎「没収されたいのか?」


 「嫌だけど。らしくないなーと思ってさ。」


斎「…らしいとは、何だ。」


 「斎藤だったらさっさとゲーム没収するでしょ?相手が私だろうと沖田だろうと平助だろうと。」


斎「…。」


 「ま、いいや。ありがたく家に持ち帰ります。」


ゲームをカバンにしまい、私は斎藤の前に歩いて行った。



さあ。
伝えなきゃ。




 「ねえ、斎藤。」


斎「何だ?」


 「私けっこう楽しかったよ。偽恋ゲーム。」


斎「廣瀬?」


 「最初はゲームとられて困ったし、面倒だなとも思ったけど。斎藤と話すようになって、ちゃんと斎藤のこと知って、短い間だったけど楽しかった。」


斎「俺はあんたに迷惑をかけた。俺の知らないところで傷つけた。俺は…。」


 「はい、ストップ!」


ビシッと掌を斎藤の目の前に突き出す。
その行動に奴は口を閉じた。


 「そんなこんなも良い経験。真尋ちゃんは一つ大人になりましたとさ。めでたしめでたし。」


斎「茶化すな。人が真剣に…。」


 「でも、一つだけ誤算がありました。」


斎藤の言葉を遮って私は続ける。


 「好きになっちゃいけない、偽物の恋人を好きになっちゃったこと。」


斎「!?」


 「ごめん。斎藤。…好きだよ。」


誰もいない茜色の中庭で、告げた思いは届いたのだろうか?
瞠目して立ちつくす斎藤に私は上手く笑えているのだろうか?


 「クールに見えて実は負けず嫌いだったり、そっけないくせに助けてくれたり、笑うと意外と可愛かったり、私に厳しいくせに実はよく見ていてくれたり…もういろいろ!」


そう。
いろいろなところを見てきた。
良いところも悪いところも。
だけどね。


 「いろいろ見たけど、いや、見たから。好きになった。恋なんてしたことなかったから気付かなかったけど…偽恋を終わりにするって言われてちゃんと気付けた。一緒にいられないことが辛いってことに。」


薄々わかっていたけれど。
見ないふりしていた本当の気持ちに。


気付いたから。
もう見ないふりしたくないよ。


 「ただ伝えたかっただけ!別に何かしてほしいとかじゃないからさ。気にしないで。」


斎「…。」


 「聞いてくれてありがとう。じゃまたね。」


何も言わない斎藤にそう告げると私はカバンを抱えて中庭から走り去った。
追いかけてくるわけないけど早くその場を離れたかった。


 「言えた…言った!!」


走って学校を飛び出したところで携帯を取り出す。とりあえず三人にメールしなくちゃ。
もしかしたらどこかで待っているかもしれない。


メールをうつ画面にぽたりと雫が落ちる。
一つ、二つ、三つ。


 「…っ。」


恋に気付いた。

恋をしていた。

恋が終わった。


小説もマンガもゲームもここまで悲しくなることなんてなかった。


 「やっぱ…悲しいな…。」


擦れた声しかでないのがまた切なくて、すぐ近くの壁にもたれかかって泣いた。


ごめんね。好きになって。
ごめんね。困らせるね。

すぐに忘れるから。
後少しだけ、好きでいたい。



つづく




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