▽ 5
声の方を向くと腕を引っ張られた。
すぐ目の前に斎藤の綺麗な顔があった。
睫毛長いなとか認識する前に何か温かいものが唇に当たる。
阿「!?」
斎「…これでもまだ何か言いたいことがあるか?」
阿「…。」
斎「…また、明日。」
何も言わなくなった阿川さんを教室へ残し、斎藤は私を引っ張りながら歩き続けた。
下駄箱へつき、私の分の靴まで丁寧にだした斎藤の背中を眺める。
斎「これで手紙はやむと思うがまた何かあったらすぐに言え。」
「…。」
斎「阿川を悪く思わないでやってくれ。俺のせいだ。俺がもっとちゃんと考えていればこんなことには…。」
「…。」
斎藤の言葉が何も入ってこない。
ほぼ無意識に靴を履き替えてその背中についていく。
腕を引っ張られて、斎藤の顔が目の前にあって、あれ?そして。
あれって…。
あれって…?
斎「だいたいあんたは一人で考えこむ悪い癖がある。お人よしは馬鹿を見るとあれだけ…。」
黙ったままの私に違和感を覚えたのか、斎藤がくるりとこちらを向くと少し首を傾げた。
斎「廣瀬?」
「…。」
斎「おい、廣瀬?」
軽く肩を揺すられて私は斎藤を見上げた。
さっき、確かにこの綺麗な顔立ちが目の前にあった。そして、キス…されたよね??
「あ…あんたは…。」
思い出して顔に熱が集まった。
だって、あんないきなり?しかも人の目の前で!?
私達…付き合ってないのに!?
斎「どうかしたか?」
「どうかしたかじゃない!あんな…こと…何で…?」
斎「?」
「だっだーかーら!!!可憐な乙女の唇奪っておいて何でそんな平然としてられるのよ!?」
恥ずかしさと怒りと、ごちゃごちゃの感情を吐き出すように叫ぶ。幸い道には人もいなくて、私達二人だけだったけど。
私の叫びを聞いた斎藤は少しだけ目を丸くして、何か考えるように目を伏せた。
そしてポケットから携帯を取り出すと何か文字を打ち始める。
「…?」
画面を突き出すように私に向けた。
斎「あんたは…≪可憐≫の定義を辞書で調べろ。そして二度と使うな。」
「可憐…姿、形が可愛らしい。守ってやりたい気持ちを起こさせる…。」
斎「そういうことだ。日本語は正しく使え。」
「あー…申し訳な…じゃない!!!」
ちょっと!失礼にも程がある!!
しかも私が言いたいのはそういうことじゃなくて!!!
斎「くくっ…。」
人が怒っているというのに何がおかしいのか。
斎藤が笑いをかみ殺すように口元を手で覆っていた。その姿が珍しくて、なんだか嬉しくて、思わず怒りが消えていってしまう。
「わっ笑うな!何で笑うのよ!?」
斎「いや、何でもない…くっ…。」
「笑ってるでしょうがー!!!!」
そのまま苦しそうに笑う斎藤と並んで歩き始めた。
生まれて初めてのキスは、とんでもない形で奪われたけれど。
嫌じゃないからくやしくて、私はそれをごまかすように斎藤をずっと怒っていた。
つづく
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