▽ 4
斎「言い方が悪かった。俺と付き合っているふりをしてほしい。」
「ふり?」
斎「恋人のふりだ。偽物の恋人ということだ。」
偽物の恋人?
斎藤ってそんなこと言うキャラだったの?
そんな冗談みたいなこと言う奴?
あれ?
だって真面目で、そんなふざけたこと言わなそうじゃん。
逆にそんなことしてるカップルがいたら怒りそうじゃん。
斎「それができれば、このゲーム、返してやる。」
ゲームをひらひらと私の目の前で揺らしながら、少しだけ口角をあげて言い放った。
な…何、今の微笑み?
何か黒い…。
返してやるって上からだなぁおい!
「斎藤ってそんな奴なの?」
斎「あんたは俺がどんな奴だと思っていたのだ。」
「よく知らないけど、真面目で頭良くて口数が少ない。」
斎「そういう一面もあるかもしれないが、そもそもたいして話したこともない人間のことなど誰にもわからないはずだ。」
「そりゃそうだ。」
だけどそれにしたって…。
「ってか、あんたモテるんだから偽物の恋人なんていらないじゃん!いくらでも本物の恋人作ればいいでしょ。」
斎「…俺は卒業するまで色恋に現をぬかすつもりはない。勉強と部活に集中したい。」
「うん。すればいいじゃん。」
斎「だが、先ほどのように何故かわからぬが俺に付き合ってくれと言う女子が多い。いちいち断るのも面倒だ。」
「なるほど。でも仕方ないよね。」
斎「しかもたいして話したこともないのに好きだなんだといってくる者を信用できん。そんな奴らばかりで正直迷惑だ。」
「言うね、あんた…。」
斎「総司に相談したら恋人がいるということにすればいいだろうと言われた。だが言うだけでは信じてもらえない。そこで。」
斎藤は私を指さした。
斎「あんたが適役だと総司が言った。現実世界の男に興味がなければ俺にも興味を示さないだろうし、うまいこと恋人のふりができるだろうと。」
随分勝手なこと言ってくれてるね、沖田。
そして何故それを素直に受け入れた、斎藤。
斎「ふりならいちいちメールや電話で連絡をとるという煩わしいこともしないですむ。休みの日に会う必要もない。」
「いや…普通に誰かと適当に付き合いなよ。そりゃもうてきとーに。」
斎「それがしたくないからこうして頼んでいる。」
頼んでいるというか半分以上脅しみたいなもんなんですけど。
斎「で、どうする。このゲームを先生に渡せば、場合によっては卒業まで返ってこないかもしれないが…。」
「えええ!?!?」
斎「あんたが俺と付き合うふりをしてくれるならゲームは返す。さらに時々なら学校でしていても見逃してやる。と、いうよりあんたも恋人ができれば家でゲームができるのだろう?お互いメリットしか生まれないと思うのだが。」
くっ…。
なんておいしい条件だ!!!
って違う違う!
「私は好きでもない人と付き合うなんてできないよ。」
そうそうそれそれ。
これでも乙女だし?
斎「…そうか。」
斎藤は呟くように言うと踵を返して歩き出した。
「え?斎藤?」
斎「これを土方先生に届けに行く。」
「ぎゃあああ!嘘です!お付き合いさせてくださーーーーーい!!!!」
斎「本当か?」
くるりと振り向いた斎藤は。
さっき見た意地悪そうな表情だ。
私のゲームを自分の制服のポケットに入れてしまう。…半分はみ出てるんだけど。
付き合うふりするって言ったんだし、返してくれるよね?
あ、今返してもらっちゃえば恋人のふりする必要すらないんじゃない。しらばっくれよう。
「ちょっと!ゲーム…。」
斎「しばらく預かる。俺達の関係が周りに認識されたら返す。」
「ええ!?話がちが…。」
斎「今返してしまったらこの話、なかったことにするだろう?」
エスパーか。
「絶対返してよ!?」
斎「約束する。」
今日はもう帰れと言い残し、奴はおそらく風紀委員の仕事である見回りに戻っていった。
一人中庭に残された私は思わず近くのベンチに座りこむ。
「えっと…。」
つまり?
今日から私は斎藤の恋人…のふり?
こんな告白ある?
愛の告白ってもっとドキドキして…
付き合うってもっとわくわくして…
全然違う。
私の心に残ったのは意地悪そうに笑う藍色の瞳だけだ。
「ゲームでもああいうキャラは苦手なのに。」
頭をぐしゃぐしゃとしながら抱え込んだ。
でももう仕方ない。
腹くくるしかない。
そうしなくちゃ私の愛しのゲーム、愛しの新太君は帰ってこないんだ!!!
「なるようになるか。」
要は恋人のふりをすればいいんでしょう?
そうすればゲーム返ってくるし、家でもゲーム解禁になるし、そうだ、いいこともあるんだ。
ポジティブにいこう、ポジティブに。
ゲームみたいなもんだと思えばいいんだ。
私は立ち上がるとカバンを持って学校を後にした。
こうして。
私と斎藤の偽物の恋がスタートしたのだった。
つづく
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