▽ 2
放課後の中庭には生徒の姿はなかった。
「そりゃそうだよね、部活行くか、帰るかどっちかだもん。」
独り言を呟きながら、私は中庭にあるベンチ…には座らず、大きな木の下に座りこんだ。
ここの方が周りに程良い高さの植木がたくさんあって校舎から見えない。
つまり、先生にも見つからないはず。
カバンからゲームを取り出すと電源を入れた。
「昨日止められたところからだから…えーっとどこか行くところだったんだっけ?」
画面にうつる新太君の笑顔は今日も最高に眩しいです。
「あー液晶が邪魔だ。割って出てきてくれないかな…いや、そんなお手を煩わせるようなことはしない!私が行くから液晶割れないかな…。」
叶いもしないことをわかりつつも言ってしまう。ええ、この手のゲームをしている人なら首がとれそうなぐらい頷いて共感してくれるはずだ。
木によりかかり、ゲームに集中していたせいで私は近づいてきていた足音に全く気が付けなかった。
もっと早く気が付いていたら。
私の生活ががらりと変わることもなかっただろうに。
「おい。」
「〜♪〜♪〜♪」
「廣瀬。廣瀬聞こえてないのか?」
「〜♪…ん?」
あれ?誰かに呼ばれた?
そう思った私が画面から顔を上げると目の前には…誰もいない。
「気のせい?」
「後ろだ。」
「え?ってうわあああ!!!」
「驚きすぎだろう。」
後ろを振り向くとそこには斎藤一が立っていた。けっこう距離つめられてたのに全然気がつかなかった。
ってそんなことより!!!
「っ…何…かな?」
静かにゲームをカバンに戻す。
多分見られてると思うけど。
斎「…校内でゲームをやっているのを俺は見逃すわけにはいかないのだが。」
しまった!
斎藤って風紀委員だ!!!
しかも厳しいって有名だ。毎朝厳しい遅刻チェックがあるって沖田がぼやいてたもん。
「…見逃してください。」
斎「何故こんなところでゲームなどしている。家に帰ればいいだろう。」
「家でできない理由があるんだよ。」
斎「?」
私は斎藤にゲームできない理由を説明した。
…どうして私が親に怒られたっていう件を今日何回も言わなくちゃいけないんだ。
斎「そうか。…それは同情する。」
「ええ!?」
嘘。
斎藤がそんなこと言うなんて思ってもいなかった。何だ、意外と良い奴なんだ。
斎「あんたの母親にだ。」
前言撤回だ。
何て嫌な奴だ。こいつ。
言うや否や斎藤はひょいと私のカバンからゲームを取り上げる。
画面には笑顔の新太君がはっきりと映っている。
「ああ!せめてセーブさせてよ!」
斎「…総司の言っていたことは本当だったのだな。」
「え?」
私は斎藤からゲームを奪い取るとセーブをして電源を落とした。
その間も斎藤は腕組みをして何か考え込んでいる。
斎「あんたが三次元の男に興味がないと言っていた。」
「…っておい!!!沖田!」
何言ってくれてんだ!あいつは!!!
違う!それ違くないけど違う!
あいつ…あとで覚えてろ!
「その言い方だいぶ語弊があるから!」
斎「違うのか?」
斎藤は少しだけ首をかしげて聞きかえしてきた。
「違う!三次元の男子に興味がないんじゃなくて、興味のある男子が三次元にいないの!」
斎「…それはどう違うのだ。」
「全然違う!別に現実とゲームの世界の区別ぐらいついてますから!…ただ、今好きな人がいないってだけだよ。そんなに変?」
斎「いや、変ではないだろう。現に俺もそのような相手はいない。」
「ほら、一緒だよ一緒。ただゲームはおもしろいからしてるだけだし。別に恋愛ゲーム以外にもRPGもアクションもミステリーも好きだし。」
斎「まあ…あんたのゲーム好きはよくわかった。が。」
斎藤は私の手から再びゲームを取り上げた。
ああ…終わった。
家にもゲームはあるけど家じゃできないし。
持ち運べるのはあの子しかいないというのに!
斎「これは没収だ。」
「ええ…斎藤。そこをなんとか。それを取り上げられたら私本当にゲームできないんだって!」
斎「がんばって成績をあげろ。」
「無理です。」
斎「彼氏を作ればいいんだろう?」
「もっと無理です。」
斎「あんたならできなくはないだろう。」
それは褒め言葉として素直に受け取ろう。
そうじゃないと立ち直れそうにないことが今日は多すぎる。
「とにかく無理だよ。そんなの一朝一夕でできる話じゃ…。」
斎「そうか…。」
斎藤は手に取ったゲームを見つめて何か考えているようだった。
あれ?これはもう少しお願いしたらいける?
「お願い!斎藤!何でもするからさ!ゲーム取り上げるのは勘弁してください!!!」
斎「何でも?」
「あ、一個だけ。一個だけなら何でもするから!!!」
斎「そうか。」
いける!?
もしかして…これはいけるのでは!?
斎「じゃあ一つだけ頼みがあるのだが。」
「何何!?」
斎藤が何か言いかけた瞬間。
近くから少し高めの可愛らしい声が響いた。
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