斎藤家の場合
「一…。これじゃ意味ないよ。」
「仕方がないだろう。こうするより他に術がない。」
「でも…。」
こんな会話、実はつい五分前にもしている。
と、いうのも私と一は今物陰に身を潜めながら歩いているのだ。
通報されたらどうしよう…。
「心配なのはわかるけどさ。家から五分のコンビニに行くだけだよ?」
「家から出れば危険区域だ。近頃は物騒なのだぞ?何かあったらどうする。」
「それはそうですが…。」
危険区域って…そんな無法地帯なの?
事の発端は十五分ほど前のことだった。
「あ、お菓子買ったと思ったのにないわ。私ちょっとコンビニいってくる。」
家に何もお菓子がないことに気が付き、私が財布をカバンからとりだしたのが始まりだ。
今日は日曜日で一もお休み。娘ももちろん幼稚園は休みだから家族三人でのんびり過ごしていたところだった。
お茶でも淹れてみんなでお菓子を食べて娘お気に入りのDVDを見ようとしたんだけど家に何もお菓子がない状態だったのだ。
「俺が行く。」
一が私の手から財布を取り玄関の方へ向かおうとした時のことだった。
するりとその手から財布をとったのは私達の愛娘。
キラキラした笑顔でぎゅっと財布を握りしめ…
「私が買いに行く!!!」
と言ったのだ。
そういえばこの前テレビで子供がおつかいする番組を見た時に
『この子私より小さいのにおつかい行ってる!!』
と目を丸くして見ていたっけ。
もう五歳だしお姉さんになったと言われたいんだろうななんてほのぼのしてしまった。
それを思い出した私は
「そう。じゃあお願いしようかな?」
と言ってしまったのだ。
「うん!!!」
「おい!!」
一は慌てて娘を止めようとしたが時すでに遅し。
「パパが買ってくると和菓子ばっかりだもーん。」
と可愛らしい文句を言って娘は家を出た。
コンビニまでは家から五分。まだ昼の二時だし、人通りも多いから大丈夫でしょと暢気に考えていたのは私だけらしい。
「何かあったらどうする!!」
そう言って一もすぐに家を飛び出した。
私は慌てて一を追いかけて…今に至るわけ。
一も娘のがんばりたいを応援したいのかこっそり追いかけてはいるけれど…
親がついてたら意味ないよね。
「あの番組もたくさんの大人が見守っているから成り立つのだ。いくら昼間とはいえ誘拐されたらどうする。」
あの愛らしさだ、狙われてもおかしくないとか親ばか全開でこっそりと見守っている一につい笑ってしまう。
まあお父さんは心配かもね。
産まれる前から嫁に行くことを想像して泣くぐらいの人だから。
「よし、ちゃんとコンビニ入ったよ。一、私達先に家にいないといけないから戻らないと…。」
「先に帰っていてくれ。俺が家につくまで見ておく。」
「もー。大丈夫だって。」
「何かあってからでは遅いのだ。」
だめだ、目がマジだ。
こんなことでいつか彼氏連れてきたらどうするのかしら。
ショックで心臓止まらないかな…。
うーん、土方さんの奥さんに相談してみよう。あっちも娘さんだし。あ、沖田さんの奥さんでもいいか。とにかく聞いてみよう。
どこの家もあんなに親ばかなのかと。
仕方なく先に家に帰り、お茶の準備をしているとバタバタと玄関から走ってくる音がした。
ドアが開くと満足そうな表情の娘。
「ママ買えた!!!ママの好きなチョコも買った!パパの好きな和菓子も買った!」
そう言いながら袋からお菓子を取り出してテーブルに並べる。
「あれ?パパは?」
「ここだ。」
まるで他の部屋にいましたよと言わんばかりに一がリビングに入ってきた。
ねえ…何で涙目なの。
「一?」
「…ちゃんと買えて無事に家に戻ってこれた…。」
それだけで泣いてるの…ちょっと目頭抑えないでよ。
こんなんじゃ本当嫁に行く時大丈夫かな…。
「パパ?どうしたの?パパの好きなお団子買ったよ??」
「う…。」
どうやら自分の好きなものを買ってきてくれたことにさらに感動したらしい一はいよいよ本格的に涙目になっている。
「ママもー!」
そして私には私がいつも買っているチョコを差し出す娘。
一じゃないけど自分の為に考えて買ってきてくれた娘の優しさに思わず感動する。
私も一のこと言えないなあ。感動しちゃうなんて…。
「ママもパパもどうして泣いてるの?」
「ふふ…幸せだからだよ。あと一人で買い物行けてお姉さんになったのが嬉しいからかな。」
「うん!もうお姉さんだもん!!だってママ、お腹に赤ちゃんいるから!」
「何!?」
「ええ!?!?」
娘の成長に感動していたら突然ものすごいことを言われて思わず私と一は顔を見合す。涙も引っ込んだ。
「子供はそういうことに敏感と聞くが…。」
「そういえば…まだきてないかも、あれ。」
「び…病院へ!!!」
「ちょっとちょっと!その前に薬局で検査薬を…。」
普段は落ち着いているのに焦りだした一は再び家を飛び出して薬局へ向かった。
私達の様子にきょとんとした顔をしている娘を抱きしめる。
「ママ?パパどうしたの?」
「薬局へおつかいよ。パパが帰ってくるまで本読んで待ってようか。」
「うん。」
そして私は娘のお気に入りの絵本を読みながら愛する夫の帰りを待った。
ただでさえ幸せなのにさらに幸せがくるかもしれないとわくわくしながら。
――毎日が幸せ――(一…本当に赤ちゃんが…。)
(本当か!?夕食の準備は俺がしよう。あんたはゆっくりしていろ!)
(わーい!本当にお姉ちゃんになれるー!!!パパ、私お姉ちゃんだからパパのお手伝いする!!)
(う…そうか。頼む。)
(また感動してるよ…。)
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