―原田さんの彼女―
ああ、早く大人になりたいな。
そうすれば左之さんと並んで歩けるのに。
バタバタと携帯を握りしめて走って行った友人の背中を見ながらそんなことを思う。
彼女とはきっと同じ悩みを持っているはずだ。
子供故の悩み。
さっきは常に危険だなんて言ったけど、ただ私が勝手に照れてるだけで。
左之さんに抱き締められたり、キスされるだけで固まってしまうんだ。
ってか左之さん無駄に色気が多いんだもん。
正直最初は横にいるだけで頭破裂すると思ったし。
土方先生みたいに完全に子供扱いしてくれたらまだいいのかも。
左之さんは私達ぐらいの年頃の女の子が子供扱いされることを嫌がるってわかってる。
だからあからさまに子供扱いはしないけど私の反応を見て合わせてくれてるはずなんだ。
そんな左之さんを見ていると早く大人になりたくてもどかしい。
追いつきたい。
けど追いつけない。
「あーあ。」
「どうしたの?」
大きすぎるため息は周りに聞こえていたらしい。
声の方を振り向くとそこにはクラスメートが立っていた。
…この子もある意味仲間だ。
私達と同じ、先生と恋をしている。
「早く大人になりたいよねー。」
「え?」
「さっさと高校卒業してさ、で、大人になって堂々とデートしたり、化粧とかばっちりして綺麗な服きてドキドキさせたりしたい。」
机に突っ伏しながら希望をだらだら伝えるとクスッと笑う声が聞こえた。
「そう思わないの?」
「どうでしょう…。私は今でも幸せだし…大切にされてるって思うから。」
私と違って穏やかな性格の彼女はこんなことで悩んだりしないのか。
うーん…ある意味大人だな。
「原田先生は大人の色気が満載だから焦りますね。絶対もてるでしょうし。」
「そうなの!あちこちから女の人がくるじゃん!!私なんか…。」
「でも、それでも原田先生が選んだのはあなたですよ?自信を持ってください。」
そう言ってにこりと笑う彼女。
その言葉に体中から力が湧きあがる感覚。
「何をするにもスマートで、かっこよくて子供扱いしない彼氏って素敵ですね。うちなんて脳味噌まで筋肉なのかって思うくらい単純で、ギャンブルまでやっていて…私が大人になったらがっつり管理しなくてはと思います。」
「…。」
人には人の悩みがあるんだな。
ふわりと微笑む彼女からそんな言葉が飛び出してくるなんて思わなくて一瞬理解するのが遅れたけど。
ご愁傷様です。永倉先生。
なんだかそんな話をしていたら無性に左之さんに会いたくなってきた。
「ちょーっと会ってこようかな。」
「いってらっしゃい。」
ひらひらと優雅に手を振る彼女に笑いかけ、私は体育教官室へと足を向けた。
昼休みの体育教官室なんてきっと誰も来ないだろう。
ノックをすると大好きな声がする。
ひょっこり顔だけ覗き込むと左之さんは目を丸くして私を見ていた。
「どうした?」
「…会いたくなって。」
「なんだよ、昨日も電話しただろ?」
「顔見ないと寂しいもん。」
仕方ねえなと言いながら左之さんは微笑んで両手を広げた。
誰もいないとはいえ学校で先生に抱きついてて大丈夫なのかと思う反面、くっつきたくてしょうがない。
「左之さん。」
「ん?」
「私、早く大人になりたいな。」
「なんだよ急に。」
「早く大人になって左之さんに追いつきたい。左之さんをドキドキさせて周りの女の人なんて目に入らないようにさせたいの。」
恥ずかしくて左之さんの胸に顔を埋める。
さらさらと髪を撫でてくれる手が心地よくて目を閉じた。
ふうとため息が聞こえてきて、ああ子供っぽいって思われたよなと後悔していると左之さんがゆっくりと私の両肩を掴んで距離をおく。
「頼むからゆっくり成長してくれよ?」
「どうして。」
「どうしてってお前…。」
困ったように笑った左之さんが見えたと思ったら、すぐに整った顔は目の前に来ていて。
――これ以上ドキドキさせんなよ――と低い声がして、唇に熱を感じた。
(ふっ不意打ち卑怯!!)
(やっぱりしばらくは初々しくいてもらわねえとな?それとも今すぐ大人になるか?)
(ままままままだ!まだ!!!)
(さあ、どうすっかな?)
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