―土方さんの彼女―

少し離れた席で友達が嬉し泣きをしているようだ。一君が慌てて涙を拭っている。
うんうん、あの二人も大丈夫そうだよね。


むしろ大丈夫じゃないのは私だ。
泣きたいのも私だ。

やっぱり同い年の彼氏っていい。
一緒に登下校もできるし、休みの日だってデートできる。
同い年じゃなくても学生なら自由だ。

だけど私はそうはいかない。
無論その道を選んだのは私だから後悔はしてないけど。


「はあ…。」


最後にデートしたのはいつだっけ?
しかもこっそり映画館だったな。
今度はドライブに連れてってくれるって言ってたけど…しばらく仕事が忙しいみたいだし。


電話もなかなかできないし、メールだって…。
やめよう、暗くなる。


――今日も遅くまで仕事かな?がんばって。


こんな良い子のメールしかできなくて。
寂しいとか会いたいとか口が裂けても言えないんだ。
そんなこと言ったら面倒って言われそうだし、別れるって言われたら…やだやだ考えたくもない。


ぼんやりと窓の外を見て少しでも楽しいことを考えようと努めた。
次デートできたら少し遠くまでドライブしておいしいもの食べて…。
さっき一君達をピュアなんて言ったけど私もたいして変わらない。
キスはしたけどそれ以上なんてないもん。

先生はいつも子供扱いだから。


ああ、また暗くなってきた。
ぶんぶんと頭をふっているとぺちっと衝撃が走った。
ぐるっと後ろを向くとニッと笑っている女子一名。


「何よ、痛いな。」

「頭ふって眉間に皺寄せてるからどうしたのかと。」


そう言って隣の席に座ったのはクラスメイトであり、特殊な恋愛仲間だった。
なんてったって彼女の彼氏は左之先生だからね。
先生と付き合っているなんて極力誰にも言えないけど、彼女には何でも言える。だって向こうも先生と付き合ってるんだしね。


「…なかなか会えないからさ。」

「忙しいもんね。今テスト前だし。」


多分彼女も私と同じでなかなか会えないんだろう。なのにどうして余裕そうなんだ。

「まあうちはわりとマメだから。電話してるし。でもさ、土方先生は真面目だから家でも仕事してそうだよね。」

「うん。」

「寂しいとか言えば良いのに。」

「無理だよ。面倒とか思われたくないし。余計に子供扱いされる…。」

「うらやましい…。」

「は?」


私の発言のどこに羨ましいといったのかわからなくて思わず聞きかえした。


「子供扱いとか。うちなんて常に危険な感じだもん。」

「…what?」

「いや、さすがに向こうも本気じゃないというか冗談だろうけどさ。ちょっとでも触られたらこっちはドキドキしちゃって死にそうになるわけよ。いつもそれで私が真っ赤になるのからかってるんだもん。」

「したの?ねえ、したんすか?」

「だから、向こうは冗談なんだって。きっと卒業するまで手はださないよー。だけどすぐ甘い雰囲気に持っていくというかなんというか。」


左之先生だってなんやかんや真面目だから先生と生徒って立場の時は何もしないだろうけど。
でも…なんだそれ、ちょっとうらやましい。


「左之さんに言われたこと教えてあげる。」

「え?」

「時々素直になるのはものすごい破壊力らしいよ。」


そう言うと彼女は私の携帯を取り上げ途中まで書いていたメールの続きを打ち込みだした。


「ちょっと!?」

「そーうしん!!!」


私の抵抗も空しくメールは送られてしまったらしい。


「何するの!?」

「え?…楽しみだね。」


そう言ってへらへら笑っている彼女の頭を軽く叩き、私は送信ボックスを見た。


――今日も遅くまで仕事かな?がんばって。







会いたいよ。







最後に一言付け加えられていた。



「ぎゃあああ!」

「大丈夫大丈夫!!」


暢気に笑ってる彼女と正反対に焦る私は思わず携帯を落としそうになる。
昼休みだから返ってくるはずないけど…。


ピロリン♪


「うわっ!」

「きたきたきたー!!!」


メールの着信音にまた携帯を落としそうになりつつもゆっくりと開く。
…土方先生からだった。


――屋上に来い


たったそれだけ。
だけどドキドキが止まらない。
ちらりとのぞき見た彼女はまたニヤリと笑っていってらっしゃいと呟いた。


返事をしてから走って屋上に向かう。
廊下は走るなって言う一君も今は彼女に夢中だから大丈夫だなんてことを考えながら。


屋上のドアをあけるとずっと会いたかった後姿があって。


「せんせ…。」

「…今日までだ。」

「は?」


くるりと振り向いた先生の眉間の皺も目の下のクマもひどいことになっていた。


「忙しいのは今日までなんだよ。週末は予定あけとけよ。」

「え…はい。」

相変わらず一方的な約束。
だけどそれが嬉しくて。

「…寂しい思いさせて悪かったな。」


私の目の前に立った土方先生がぽんぽんと頭を撫でてくれる。
いつもなら子供扱い!と少しむっとしてしまうのに今は嬉しくて泣きそうだ。
そんな私の表情に気付いたのか、土方先生がふわりと私を抱きしめた。
ほのかに香る煙草の匂い。
目を閉じると低い声がおりてきた。



――もっと俺に甘えろよ――


その言葉に涙腺が崩壊した私の目元に土方先生がキスをしてくれた。


(せんせぇええええ!!!)

(おい!鼻水つけんな!これだからガキは!)

(ガキだもん!甘えるんだもんー!!)

(…ああ。そんなとこも可愛いがな。)




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