―土方さんを祝え!―
桜も完全に散り、鮮やかな緑が木々を染めるこの頃。
肌に触れる風もだいぶ心地よくなり、一段と家事に力が入る。
「ふぅー。お洗濯終了!」
太陽の光をたくさん浴びている洗濯ものを見つめていると声をかけられた。
「お、名無しさん君、今日も御苦労さま。」
「あ、近藤さん。」
「少し時間あるかい?頼みたいことがあるのだが…。」
近藤さんがわざわざ私に頼みごと?
「どうかしたんですか?」
「実は今日、トシの誕生日でな。」
「え?そうなんですか?」
「誕生日に何かするという習慣はないが、俺は何かしてあげたいと思うんだ。大事な仲間が生まれた日だからな。」
「近藤さん…。」
近藤さんは優しい。その笑顔で私はまたここでがんばっていこうと思える。
「ということで。何か今日はご馳走を作ってくれるかい?」
「はい!がんばりますね!」
「幹部の皆にも話をしてあるから、それぞれ何かしてくれるはずだ。もし手伝えそうなことがあったらそれも頼みたい。」
「はい。承知しました。」
「俺もトシでも飲めそうな酒を探してくる。では、頼んだよ。」
そう言うと近藤さんは笑顔で去って行った。
よし!がんばって準備準備。
でも、みんなは何をするんだろ?
私はひとまず広間へ向かうことにした。
広間には沖田さん、斎藤さん、原田さん、平助君と勢ぞろい。
きっとみんな近藤さんに言われたんだろう。
何か考え込んでいる。
「いくら近藤さんの頼みでもさ、土方さんの誕生日を祝うって何すればいいか見当もつかないんだけど。」
「確かになぁ。何かやるっていっても…。男に贈り物って気持ち悪いよな。」
「どうせなら、女の子がいいよなー女の子!」
「平助の言う女の子とは名無しさんのことか?」
広間に入れずなんとなく廊下に立ちつくしていた私を斎藤さんは見つめる。
「あ、すみません。お話されていたので…。」
「いや、そうじゃなくて!どうせ贈り物するなら可愛い女の子がいいってみんな思うよな!?」
いきなり焦りだした平助君。どうしたんだろ?
「まぁ、平助の言うこと全てに賛同するわけじゃないけど。よりにもよって土方さんじゃねぇ。」
沖田さんはもう何もしたくないと言わんばかりに広間に寝転んだ。
その様子を眉をひそめて見ているのは斎藤さん。
「総司。日ごろ俺達の為に動いてくれている副長に感謝を告げることもできんのか、お前は。」
「えーじゃあ一君は何するの?」
「…。」
あ、黙り込んでしまいました。
皆さん結局何をしていいのかわからないんですね。
「お前は何をするんだ?近藤さんから言われてるんだろ?」
原田さんの一言で皆さんの視線がこちらに集中。恥ずかしいです。
「私はご馳走を作ってほしいと言われたので。」
「あーなるほど。いいなぁ、やること決まってて。俺どうしようかな。」
「何しても土方さんが喜ぶ気なんてしないけどね。そんなことしてる暇があったら仕事しやがれって怒鳴られるのが目に見えてるじゃない。」
「簡単に想像できるところが悲しいな。」
「ってかさー新ぱっつぁんは巡察でいねぇし、こういうこと聞けそうな山南さんも出張だし。俺も巡察だったらよかったー。」
「あの。特別なことしなくてもいいんじゃないですか?」
「?」
「その…日ごろの感謝を伝えるとか。自分がもらって嬉しいものをあげるとか。これをしてもらったら助かるってことをしてあげるとか。些細なことで良いのではないでしょうか?」
「なるほど。」
斎藤さんは微笑んでうなづいてくれた。
思わず私も笑顔になる。
「さすがだな。名無しさんに言われなければ俺は何もできずに過ごしてしまうところだった。小さなことでもいいのだな。」
「そうですよ。」
「それが難しいんだけど。」
沖田さんにとっては最初に言った感謝を伝えるということでさえできなさそうだけど。
でも本当は土方さんのこと考えてて、心配してて…だから今回だって聞かなかったことにして出かけることだってできたのに、ここに残っていたんだと思う。
「大丈夫ですよ。沖田さんらしく伝えればいいんじゃないですか?」
「ふーん。名無しさんちゃんってほんと…。」
「?」
「いや、なんでもない。良い子だね。」
「い、いえ!そんな!」
「よっしゃ!じゃあ俺がもらって嬉しいもの…。」
「酒なら近藤さんが買いに行ったぞ。」
「だぁー!!近藤さんずりぃ!!」
「ま、でもとりあえず町に行くか。平助お前もくるか?」
「おう!左之さんとならなんか見つけられる気がする!!」
「おい、俺をあんま頼るなよ。」
「名無しさんにもなんか買ってきてやるよ。何かほしいものあるか?」
「え?」
出かけようとしていた平助君がふりむいて聞いてくる。
私の誕生日ではないんだけど。
「何食いたい?」
食べ物限定ですか。原田さん。
あれ、こんなこと前にもあったような。
「では、お団子がいいです。」
「了解!じゃ、いってくるぜー!」
そう言うと平助君と原田さんは広間を出て行った。
斎藤さん、沖田さんと三人になる。
「お二人はどうするのですか?」
「俺も出かけてくる。」
「あ、いってらっしゃい。」
そう言うと斎藤さんは頷いて部屋を出て行った。
「僕はでかけないけど…部屋に戻ろうかな。今日は稽古もないしね。」
「お茶お持ちしましょうか?」
「うーん。じゃあお願いしようかな。」
「はい、わかりました。」
沖田さんの広間で分かれ、勝手場へ向かった。晩御飯までまだまだ余裕はあるし。
お茶の準備をして沖田さんの部屋へ向かう。
「沖田さん?入ります。」
「はい。どうぞー。」
お茶をもって入ると沖田さんは机に向かって何かを書いていた。
もしかして、土方さんに手紙書くのかな?
直接伝えるのは恥ずかしいもんね。
沖田さんも実はちゃんと伝えたいこととかあるんだろうな。
「沖田さん、何を…。」
机をのぞきこむ。
あれ?これって。
「沖田さん!これは…。」
「え?読む?豊玉発句集。」
「ちょっと!!!土方さんが探してたやつですよ!」
「そうだよ。だから届けてあげようと思ってねー。僕優しいから。」
届けるも何も持ち出したのあなたですよね。
土方さんに持っていったら雷が落ちるのは間違いない。いや、雷どころじゃない。雷神が降臨する。雷神が。
青ざめる私の目の前で本人はのんきにお茶をすすっている。
なんでこんなに余裕なんですか?
「お茶、ありがとうね。ご馳走作るなら何か手伝う?」
「え?では、お願いします。」
何か料理に仕掛けをするのかと内心ドキドキしてしまいましたが。
沖田さんにそのようなそぶりはなく。
野菜の下ごしらえやお米の準備など、たくさん手伝ってもらいました。
やっぱりなんだかんだお祝いしたいんですね。
そしてあっという間に空は紅くなってきました。
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