山崎さんの場合


「入ってもいいですか?」


ふすまの向こうから聞こえてきたのは山崎さんの声。
どうぞと答えると静かにふすまが開けられ、茶碗や小さな鍋の乗ったお膳を持った山崎さんが入ってきた。


「調子はどうだ?」

「うーん。お腹痛いです。すみません…わざわざ食事を運んでいただいて。」

「気にしないでほしい。俺がすすんでやっていることだ。」


切れ長の瞳がやわらかくなる。
初めて会った時は少し怖い印象があったけれど彼はとても誠実で優しい人だった。


お馬がひどい時はこうして食事を持ってきてくれる。
他の隊士さんにお世話してもらうより、医療の知識がある彼に世話をしてもらうほうがなんとなく抵抗が少ない。



だけどこうしていろいろしてもらうと…。


少しずつ私の中にふわふわした感情が生まれてしまって。


「食欲ないか?」

「へ?」


いつの間にか私の目の前におかゆが差し出されていた。


「わっ!すみません、ぼーっとしてしまって。」

「いや、調子が悪いなら無理しないで後で…。」

「いえ!いただきます!食べさせて頂きます!!!!!」

「?」



山崎さんからおかゆを受け取ろうとする。


が。


彼は私に茶碗を渡すのではなく。
一口分、おかゆを匙にとり私の口元へよせてくる。


「山崎さん!?」

「?やっぱり食欲がない?」

「そうじゃなくて…自分で食べられますから。」

「あ。す…すまなかった。」


そう言うと山崎さんは茶碗と匙を渡してくれる。
私はゆっくりおかゆを食べ始めた。




私の馬鹿。




せっかくだから食べさせてもらえばよかった。




真面目で優しくて、そんな彼に恋心を抱くのは自然の流れだったと思う。
だけどこの思いを伝える術を知らない私はなんとなく毎日を過ごしてしまっていた。

監察方の仕事で屯所にいないことのほうが多い彼とこうしてゆっくり二人で過ごせる貴重な時間が最近の私の楽しみで。

だからお馬は嫌いじゃない。


きっと山崎さんも私のことを嫌っていることはないと思う。
こうして看病してくれるから。

だけど自信なんて持てない。



おかゆから視線を外し、彼を探すと机の前に座って何やら作業をしていた。


小柄だけどやっぱり背中は男の人だ。
手も、首も。
自分と違うその逞しさに思わず見とれる。




…変態か。私。




どうしたらこの気持ち伝えられるかな?




私の馬鹿。本日二度目。



簡単なことだ。



ただ告げればいいんだ。



好いていますと。



「山崎さん。」

「よし、できた。」



そう言って彼は振り向いた。
その手には何やら薬のようなものがあり…。



「松本先生に腹痛に効く薬を教わってきた。食事がすんだらこれを飲んで。」

「山崎さん。」



彼の発言を遮ってまっすぐに山崎さんを見つめた。
何も言わず。
じっと。


「何か…ついているだろうか?」



そう言って赤くなった自分の顔を触る山崎さんが愛おしい。
そうだ。
このまま伝えてしまえ。



「私。」

「?」



そうだ。
伝えてしまえ。







「私…苦い薬、嫌いです。」




私の馬鹿ーーーー!本日三度目。

そんなこと知ったこっちゃないよ!

しかもせっかく私の為に用意してくれた薬なのに!!!!!




「良薬口に苦しだ。我慢しろ。」



呆れ顔の山崎さんも素敵。
違う!
ちゃんと伝えなきゃ。


「いや、違います。そうじゃなくて、その、私、山崎さんが。」



言いかけた時、私の口に山崎さんの人差し指が触れた。
それ以上話してはいけないと。


「そういうことは男から伝えさせてもらえませんか?」


私が目を丸くして黙っていると、彼は顔を赤くしたまま続けた。


「毎月こうしているので俺の気持ちはとっくに伝わってしまっていると思いましたが…。あなたが好きです。」




これは夢?


私の願望?



「山崎さん。」

「俺はこんな仕事をしているから、明日生きているかもわからない。だけど、君と共に生きていきたい。」



夢じゃなかった。


すぐ横に座っている彼に思わず抱きついた。
私もと呟いて。


しばらくそうしていると、ふいに山崎さんが体を離した。


「ほら、食べ終わったら薬を飲んで。」


まるで子供をあやすように私の頭を撫でながら薬を差し出してくる。


「いや。」

「だめだ。」

「だって病気じゃないもの。お馬だもの。」

「でも飲めば楽になるはずだ。」

「うー。」


駄々をこねる子供のようにいやいやと首をふる。彼を困らせるのはわかっていたけれど、やっぱり薬は飲みたくない。


そうしていると山崎さんが小さくため息をついた。


あきらめた?



私がそう思った瞬間。


「え!?」



彼はその薬を自らの口に入れ、水を含んだ。
そしてそのまま…


「んっ!!?…っゴクッ。」


薬は私の口の中。
あまりの衝撃に苦さなんて微塵も感じない。



「飲めるじゃないか。」

「山崎さん!」

「次の食事の時も飲まないと…また口移しで飲ませるが?」

「自分で飲みますから!!!!」



山崎さん意外と意地悪!?
目の前の笑顔が悪い顔にしか見えません!



でも。


これから。


そんな彼のいろんな面を知っていけると思うと。


それだけで幸せな気持ちになった。


私のお腹の痛みを消したのは、薬じゃなくて山崎さんだった。




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