短編 | ナノ

ふぅ。机にシャーペンを置き一息吐いて、たった今完成したばかりの手元の資料を見た。文章より図やイラストをと、かつて読み漁っていた本から幾つかピックアップして、兄さんでも分かるようなものをと試行錯誤を繰り返す。所謂次の授業の為の下準備というやつだ。お陰でせっかくの休日も早半分が過ぎ、もうとうに昼を越している。

それにしても遅いな兄さん。スーパーに食材を買いに行ったきり戻って来ないからちょっと心配だ。いや、何か問題を起こしてないかとね。うんと伸びをして体の気だるさを払っていた時に、雪男雪男!!と大きな声が僕を呼ぶから、結局それは杞憂に終わったわけだけれど。でも、振り返ってみてその考えは一転した。

「…それは?」
「犬だ!」
「いや、そういうことじゃなくて。ていうかそれ犬なの?」

かなりギリギリな感じがするけど。兄さんの腕の中には、少しスマートになったブルドックのようなピンク色の犬、らしき生物がいてこちらを強く睨み付けている。理事長を彷彿とさせる容姿から一瞬悪魔かと思ったけれど、あんなのは僕も見たことがないし。まあ仮にも犬としよう。

喜色満面な様子で僕に近寄ってくる兄にストップをかけ、飼わないからねと先手を取れば、兄さんは一瞬呆気にとられ、それでもすかさず何故なんだと抗議を始めた。小さい子が捨て犬を拾ってきて親に必死で頼み込む、よくある展開そのままの光景だ。尻尾を大きく振幅させる兄さんと、その下でどこか落ち込んだようにそれを床に垂らすクロ。

「いいかい兄さん。動物を飼うからには、僕たち人間はきちんと責任を持たなきゃいけないんだよ。クロとその犬、絶対にどっちも疎かにしないと言い切れる?」
「うん!大丈夫だって!だからいいだろゆきおー」
「どうかな。現にクロはすごく寂しそうだけど」

クロを抱き上げて喉元を撫でてやると、気持ちよさそうにゴロゴロと音を出した。そのままの声質で捲し立てるよう鳴くクロは、兄さんに文句でも言っているのだろう。全くもって可愛い嫉妬だ。案の定兄さんはバツの悪い表情で眉を下げてごめんなと謝った。今までの威勢と動きが嘘みたいに一気にシュンとしている。兄さんの尻尾は感情の現れだから、心の内が読み易くて便利だ。これがいい教訓になるといいけれど。

一つ溜め息を吐いてから仕方なく許可を出せば、兄さんはたちまちぱあっと花開くように明るい笑みを見せて勢いよくベッドに飛び込んで行った。ピンク犬を抱き締めながら喜んでいる。ここまで喜怒哀楽の起伏が激しい人間は、弟の僕も心底珍しいと思う。成長したのは見た目だけ。精神的な年齢は五歳児さながらだ。

「僕を頼るのはなしだからね」
「分かってるって。で、コイツの名前なんだけどさァ」
「もう決めてたの?…僕が何を言おうが飼う気満々だったんじゃないか」
「へへへ!でもまだ決めたわけじゃねぇんだ」

最初は“スグロ”という名前にしようと思っていたらしい。でもいざスグロと呼んでみると本人が全力で首を振りながら否定してきたらしく、止めにしたんだそうだ。ていうかスグロって。ピンク犬の眉間を指差し、まさに勝呂くんと瓜二つな強面だと兄さんは主張する。言われてみればと、その顔を凝視する程に勝呂くんの顔が脳裏に浮かんだ。兄さん曰くこんな顔をしているけど、勝呂くんと同じできっと中身は優しくていいヤツなんだって。

「こっちがクロなんだし、シロでいいんじゃない?」
「お前めちゃくちゃ安易だな。名前は一生物なんだぞ」
「釣り合いは取れると思うけど」
「いやいや。ていうかどう見てもピンクだし」

それなら他の色で名前を付けようかと。その印象的かつ風変わりなピンクから始まって、次々に色の名前が挙げられていく。ミドリ、オレンジ、ムラサキ、アカ、キイロ。そして兄さんがアオと口にした時、今まで睥睨するばかりで何の反応も見せなかったピンク犬が、耳を立ててブルゥと一声鳴いた。予想通りの低い鳴き声。だけど犬ってそんな声で鳴くものだっけ。普通はワンなんじゃないの、もしくはバウワウとか。

「お。お前青が好きなのか。そういや青い水玉模様だもんな」
「ブルッ」
「もしかして、その変な鳴き方も青い意味のブルーだったり?」
「ブルーッ!!!」
「ええぇぇぇ、そんなのってアリ!?」

好きの気合いで鳴き声って変えられちゃうものなのか。兄さんは何の違和感も感じていないようだけれど、それってクロの「にゃあ」が「すきやき」になるようなものだからね。結局、本人の激しい同意によって名前は“ブルー”になった。僕個人としては結構本気でシロ押しだったんだけど、まあいいかなって。兄さんが小さく、これで俺も自分の炎が好きになれるかもと呟いていたから。


「ちょっと見ろよ雪男、こいつマジスゲェから」
「何がすごいってさ。まずその奇抜な配色が犬であることを自らひて、い」
「見ろ!二 足 歩 行!!」
「なん…だと!?」


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