梓の部屋の玄関で靴を履く錫也先輩の背中を見て、激しく後悔。梓と天羽くんの前で私はなんて醜態を晒してしまったんだろうか。

「梓、迷惑かけてごめんね。あ、天羽くんも。」

やれやれとため息をつく梓とまだ梓の背中に隠れている天羽くんに声をかけと梓はふっと笑った。

「いいよ。いいもの見れたし。」

「いいもの?」

「僕、長いこと椿と一緒に居たけど椿が怒るとこ初めてみた。」

「!!?」

思わず言葉に詰まる私の頬を梓は小さい頃よくしてくれたみたいに両手で挟む。

「娘を嫁に出す父親ってこんな気持ちなのかな?」

「は?」

「ずっと一緒に居たけど、これから椿の隣は東月先輩のものかぁ。」

梓が私の頬を挟んだまま引き寄せて梓のおでこと私のおでこをくっつけた。

「いつの間に僕離れしたわけ?」

親離れのように使われたその言葉はさみしい響きがした。

「あず、さ」

頬から手が離されて見えた梓の表情もさみしい顔で私も少しさみしくなる。しかし、梓はすぐに意地悪く笑いながら私の背中を軽く押した。

「早く行きなよ。王子様が待ってるよ?」

「お!?」

押し出された先には錫也先輩が手を差し出してくれていて、私は自分の居場所を知る。

「じゃあ、木ノ瀬君、天羽君おやすみ。」

「はい、おやすみなさい。」

「お、おやすみなのだ…」

錫也先輩と梓たちが挨拶を交わして梓の部屋から出る。しっかりと錫也先輩に手を握られても、さみしい気持ちが拭いきれなくて不安になる。

「さ、もう遅いし帰ろう。」

「は、い。」

錫也先輩と一緒に歩き出した射手座寮の廊下、背中で聞こえた「鈍感、幸せになりなよ。」という言葉に返す言葉を私は持っていない。




そんなこと、知らなかった

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