小学生の頃、椿の大事にしていた人形かなにかを頭の悪いクラスメイトの男子に隠されたことがあった。椿はいつもの如く何も考えていないような顔で僕に助けてと言ってきた。二人で暗くなるまで探したが人形は出て来なかった。その夜だった。その夜、今日みたいに椿は僕の家に来て、僕の部屋に直行し、布団にくるまって座り込んだ。あのときは椿の両親が椿の話を聞かずに遅く帰ったことを叱ったのが原因だったが、今日は状況からして東月先輩あたりに原因があるのだろう。
「椿」

そばに寄り、名前を呼べばおずおずと毛布から手が伸びてきて僕の袖を握った。完全に蚊帳の外になってしまった翼がぬぬぬと呻く。

「どうしたの?東月先輩と何かあった?」

頭であろう部分を撫でながら聞くと毛布が揺れた。首を縦にふったようだ。

「梓、ごめんね。」

「なにが?」

「錫也先輩に梓の番号消せって言われた。無理ですって言ったけど、私ね、一瞬、消してもいいかなって思っちゃったんだ。」

そんなことで、と思ったけど椿はそういう奴だ。

「梓は私の大事な大事な幼馴染みなのに。ずっと助けてくれてたのは梓なのに、私の世界には錫也先輩だけでいいかもって思っちゃった。」

ごめんね梓。そう言いながら毛布の隙間から見えた椿の顔は泣きそうだった。この期に及んで惚気かよ。そう思いつつ僕は小さいころから随分変わった椿に思わず微笑む。いつも無表情な椿はこんな顔も出来るようになったのか。まるで親のような気持ちで僕は後ろに立っているであろう人物に手綱を渡す。


「椿の世界に東月先輩だけでいいって思うくらい愛されているんですから、僕の電話番号くらい大目に見てやってくれませんかね、東月先輩?」

びくっとさらに小さくなる椿。振り返ると驚いた顔の東月先輩。




まったくこのカップルはどれだけ僕に迷惑をかけるつもりなんだろうか。



20110514
後は王子様の役目

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