門が開くなり私は引き摺られるように母によって家の中まで連れて行かれた。あなたもと一樹も引き込み玄関の扉を荒く閉めると母は眉間に深く皺を刻んだ。
「なんで帰って来たの?必要な書類は郵送してって言ったでしょ?お金が足りないの?」
母は片手で目を覆い喋った。私の返事など求めていないようだ。
「あなたがここに居たら困るの。あなただってここは好きじゃないで」
「お父様とお母様に話があって来たんです。」
母の発する聞きたくない言葉を遮ったのは一樹だった。母はゆっくりと目を覆う手を外して一樹を見た。
「そういえば、あなたは?」
「不知火一樹です。星華さんとお付き合いさせて頂いています。」
一樹の言葉に母はまぁと言葉を漏らし旦那を呼んでくるから応接間で待ってて下さる?とよそ行きの笑顔をした。
「星華、応接間の位置覚えてるわよね?」
「はい。」
私に背を向けて掛けられた問いに返事をして私は古くなった記憶を辿り一樹を応接間へと案内した。
しばらくして暖かいお茶と母親、それから父親が応接間にやってきた。私たちの向かいの席に揃って座った両親は二年ちょっと見ない間に細かな皺が増えていた。しかしそれには入学式の前日に見た顔にあった疲労の色はなかった。
「用はなんだ。」
少しの沈黙の後、娘に声を掛けることも、来客に愛想を振り撒くこともなく父が一樹に言った。
「星華さんは、俺がもらいます。」
そして唐突な父の発言に返された一樹の言葉も唐突だった。え?ちょっと聞いてないんですけど。前ふりとか無しなの?両親への挨拶よりプロポーズが先なんじゃないの普通。しかもこの言い方答えに選択肢が見えない。
「ちょ、かずくん、」
予想外の台詞と展開にドキドキしながら制止すると良い子にしてろと撫でられる。
「星華を愛してるんです。星華は俺が一生幸せにしますから。」
その顔は生徒の前に立つ会長のときのものに似ていた。恥かしい奴め。初対面の両親の前で、しかも歓迎ムードではない中で。でも一樹らしい。厳格な父の顔が珍しく揺らいだ。
「そうか。そんな奴の何がいいかは分からんがそいつでいいなら好きにしろ。」
お茶を啜りながら言い放った父と泣き出す母。二人に頭を下げて一樹は泣きだす私を引いて家をでた。
家を振り返ることなく私たちは進む。私の手を引く一樹の背中は大きい。それがなぜか誇らしい。私には父の背中を見てそう思った記憶がない。
「本当に幸せにしてよね。一生離さないでよね。」
「当たり前だ。離せと言われても離さねぇよ。」
ぐずるようにそう言えば私をさらうように走る一樹が振り向いて笑った。私たちはそのまま田舎町を駆け抜け駅に向かい、丁度来た電車に飛び乗った。疎らにお客さんが居る中で少し息の上がった一樹に抱き締められる。
「ちょ、恥かしい。」
「いいだろ、婚約者なんだし。」
そう自慢げに笑う一樹に釣られ涙でぐしゃぐしゃな私も笑う。
「おし、次、天文台行くぞ。」
プロポーズだ!そう宣言した一樹はやっぱり私の求めた強引さだった。
星の下のプロポーズとかロマンチックだ。
20110417
強引的挨拶
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